鈴木明子が銀メダルとともにつかんだ手応え=フィギュアGPファイナル・女子シングル

青嶋ひろの

予想もしなかった大きなチャレンジ

GPファイナルSPで高難度の連続ジャンプに挑んだ鈴木明子 【坂本清】

「あっこちゃん、勝ってほしいね!」
 グランプリファイナル女子シングル。フリー前には、いつになくそんな言葉を交わしたくなる空気があった。浅田真央の緊急帰国で幕を開けた今大会。報道陣や日本チーム関係者の間に、いつもよりワントーンほど暗いムードがあったことは事実だ。試合本番が始まっても、期待されていたジュニア勢が不調(男子の田中刑事6位、日野龍樹5位、女子の庄司理紗6位)。経験値を積むポジションとはいえ、ペアの高橋成美&マーヴィン・トラン組もSP6位。男子もこの時点ではSPが終了し、羽生結弦4位、高橋大輔5位。上位3人が呼ばれる記者会見場に姿を現した日本勢は、女子SPでの鈴木明子のみ。チームジャパンとしては珍しいほどの低調ぶりに、人々の表情もなかなか晴れやかにならない。この空気を、少しでも誰かに明るくしてほしい……そんな願いを、誰もがSP2位の鈴木明子にかけてしまうのだった。

 前日のショートプログラム、鈴木は予想もしなかった大きなチャレンジをしている。コンビネーションジャンプでの、トリプルフリップ−トリプルトゥループへの挑戦。ご存じのように鈴木は、11月のNHK杯にて、トゥループ−トゥループの3回転−3回転を「20年のスケート人生で初成功」したばかり。難度の低い組み合わせとはいえ、26歳というベテランになる年齢で、男子の4回転に匹敵する3回転−3回転を初成功するなど、ちょっと考えられない偉業だった。それからわずか1カ月で、今度はキム・ヨナなど世界で数人しか安定して跳べる選手のいない高難度の3回転−3回転、フリップ−トゥループに挑戦。しかも練習で成功させたのも先週の金曜日が初めて、というから、まだ身につけて1週間も経っていないジャンプにトライしてきたのだ。

「フリップ−トゥループを跳ぶことは、今朝の練習で決めました。今日は跳びたい気持ちが大きくて、力んでしまったかな(笑)。でももう少し練習を積んでいけば、自分なりのタイミングはつかめると思います」(SP後)
 調整試合、というわけではないが、グランプリファイナルには少し特殊な側面がある。ファイナル進出がかかるグランプリシリーズ、世界選手権代表選考会である全日本選手権、そして翌年の同大会出場枠が決まる世界選手権などと違い、グランプリファイナルは結果がその後に影響する試合ではない。選手が「本番に向け」という言葉を使うとすれば、それは全日本選手権や世界選手権のこと。鈴木明子や高橋大輔は羽生結弦のように、ここで名を挙げたい「売り出し中の若手」でもない。よってそれぞれショートプログラムで、トリプルフリップ−トリプルトゥループや4回転トゥループという、堅実にいきたい試合ならば外すはずの大技に挑戦してきたのだ。そして鈴木は、この挑戦で失敗しながらも、ステップやレベル4のスピンなどで加点し、SP2位に入る手応えを得ている。実際に試合で跳んだ時の感触を知り、失敗してもどこまで点数を出せるかを、この一戦で知ることができたのだ。「本番に向け」、グランプリファイナルという試合の、良い使い方ができた。さすがベテラン、鈴木明子といったところだろう。

パフォーマーとしての実力が評価されたフリー

ジャンプミスが出たが、笑顔でフリーを滑り切った 【坂本清】

 しかし充実した気持ちで臨んだはずのフリーは、少し思い通りにはいかなかったようだ。冒頭のトリプルルッツは着氷姿勢を崩し、後半のループやルッツでステップアウトするなど、ジャンプミスがぽろぽろと出てしまう。その原因は、「6分の練習でジャンプが硬くなってしまい、しっくりこなかった。そこから切り替えがうまくいかず、良い形で本番に持っていけなかった」とのこと。確かにいつものようなジャンプの軽やかさは、感じられなかったかもしれない。

 一方でプログラムを通してキープしたのは、客席の上の方からでもはっきり見えた、私たちが待ち望んでいた笑顔。今季のフリー「こうもり」は、エレガントで快活な貴婦人を思わせるプログラム。振り付けは高橋大輔の五輪シーズンのフリー「道」、今季フリー「ブルース・フォー・クロック」などの振付師でもあるパスカーレ・カメレンゴだ。初お披露目の衣装は、カメレンゴにも気に入られたという明るいピンク。大人の鈴木があまり着ることのない色ではあったが、決して幼く見えず、明るい色も若々しく着こなせる素敵なお姉さん選手に見えた。
 華やかな衣装やプログラムに助けられた面もあるが、この日のプログラムコンポーネンツは全選手中2位の高さ。質の高いものを着こなし、滑りこなす鈴木のパフォーマーとしての実力も、十分評価された形だ。公式練習ではリンクサイドに立ったというカメレンゴからも「アキコは僕の作品をとても良いプログラムに仕上げてきた。シーズン前半の演技としては、僕もかなり満足!」という言葉を送られている。

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著者プロフィール

静岡県浜松市出身、フリーライター。02年よりフィギュアスケートを取材。昨シーズンは『フィギュアスケート 2011─2012シーズン オフィシャルガイドブック』(朝日新聞出版)、『日本女子フィギュアスケートファンブック2012』(扶桑社)、『日本男子フィギュアスケートファンブックCutting Edge2012』(スキージャーナル)などに執筆。著書に『バンクーバー五輪フィギュアスケート男子日本代表リポート 最強男子。』(朝日新聞出版)、『浅田真央物語』(角川書店)などがある

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