16歳の羽生結弦「どうしても世界選手権に」 日本男子トップ3に挑む=GPシリーズ・中国杯
ベテラン勢を抑え、SP2位発進
日本のトップ3の一角を崩すのでは?と期待される16歳の羽生 【写真は共同】
今シーズンオフ、東日本大震災で被災しながらも、アイスショーに多数出演することでプログラムを磨き、4回転ジャンプもほぼ完璧に身につけてきたことは、記者会見で海外の記者からもコメントを求められるほどよく知られた話だ。高橋大輔、織田信成、小塚崇彦のトップ3がそのまま世界のトップ6に入る日本男子シングル、その一角をこの若者が崩すのではないかという予想は、この夏からずっと、期待を込めて語られてきた。
そしてグランプリシリーズ初戦、中国杯。ショートプログラムでは、難なく4回転トゥループを決めて2位。織田やジェレミー・アボット(米国)を抑えてのこの順位。しかも1位は、18歳で世界選手権銅メダリストのアルトゥール・ガチンスキー(ロシア)。勢いのある10代2人が4回転を決めて上位に立ち、ショートでの4回転を回避した実績のあるベテラン勢を抑えたという結果に、上海の会場は騒然となったのだ。
ガチンスキーか、羽生か――。次世代のスターを決める戦いが始まるかのような雰囲気が満ちた公式練習。滑り出し、まずは体を氷に慣らしていくはずの時間帯から、羽生はせかせかと、手も足もちょっと動かし過ぎなほど動き回ってしまう。はやる気持ちを抑えきれない様子は誰が見てもはっきりと分かり、「落ち着いて!」と声をかけたくなってしまうほど。やがて曲かけの順番が来ると、ドラマチックなフリー、「ロミオとジュリエット」を、もう噛みつかんばかりの勢いで演じ始めてしまう。試合直前の曲かけともなれば、振りは軽く流してエレメンツを確認したり、ステップの気になる箇所などをじっくり音と合わせたり、という慎重な練習をする選手が多い。その中で彼は、最初から最後まで全力疾走。まるで、今この時しか自分にはないような切羽詰まった様子で、公式練習からたっぷりと演じて見せてしまったのだ。
「勝つのは羽生」と思わせた完璧な公式練習
この曲かけ時間でひとつ自分を落ち着かせ、見ているものを安心させた後は、4回転を中心にジャンプの最終確認に入る。しかしここでまた周りをハラハラさせたのは、4回転が何度跳んでもうまく決まらないこと。転倒、パンク、両足着氷などを何度も繰り返し、もしこれがほかの選手だったら、「練習絶不調」と伝えられるだろう不安定さだ。アイスショーでの成功率8割を誇る4回転がここまで決まらないのは、やはり2位で迎えるフリー直前の緊張感からだろうか。もう見ている方が「これ以上跳ばない方がいいのでは……」などと思い出したその時、練習時間終了少し前――鮮やかな一本が決まった。
周囲からは、おおっ! という歓声と、大きな拍手。本人も「やった!」という気持ちを大きなしぐさで表すと、その後はもう一本もジャンプを跳ぶことはない。あとはただ、何事もなかったように体を大きく動かして、気持ちをリラックスさせるために滑リ流すだけ。最後の最後、きれいに着氷した4回転のイメージだけを持って、本番に臨むつもりなのだ。「練習時間、終了です」のコールがあると、最後にはしっかりと、誰よりも丁寧なポーズで四方にあいさつをしてから、リンクを引き上げる。わずか40分、本人も心から満足している様子が伝わる、「完璧な公式練習」だった。
「結弦君、これなら勝てそうですね」。見ていたカメラマンや記者の表情も、すっかりほころんでいる。そして、「すごいな、もうこの年齢で自分をコントロールできるんだ。その方法を知ってるんですね」などという声も聞こえてくる。それは公式練習を見ていた誰もが思っただろう。国際審判も、ISU(国際スケート連盟)の役員も、たぶんこの公式練習だけで、羽生の大器ぶりに舌を巻いた。そしてほとんどの人が、「勝つのは羽生」と思っていた。フリー本番が始まり、彼がふたつ目のトリプルアクセルで転倒するまでは。