小塚崇彦「観客とつながり、音楽と一体となる。新たな一歩」=スケートアメリカ

野口美恵

ジャッジや観客とアイコンタクト 「会場とつながった」

表彰式でメダルを見つめる小塚。FSでは演技中にジャッジや観客と目が合い大切な事にも気が付いた 【Getty Images】

 FSの一番の見せ場所は、2つのステップだ。しかしそれは、いつものようにエッジワークの技術を見せることではない。音楽をいかに感じて表現するか。そして、化学反応が起きた。
 1つ目のレベルステップ。ジャッジや観客と「目が合った」のだ。これまでは漠然と観客席を見るよう意識はしてきたが、本当に目が合ったのは初めてだった。見つめたジャッジや観客が思わずほほ笑み、そして小塚からも、ふと笑顔が漏れた。
「目が合ったということは、自分の意識がそれだけ外に向かっていたということ。観客と一体になるってこういう感覚だったんだ!」

 そして、もっと大切な事に気づいた。『観客やジャッジを見る』というのは、誰もがよく言うアドバイス。しかしその真の意味を、小塚は感じ取った。
 今まで、観客を見るというと観客全員を見るイメージで、漠然とキョロキョロするしかなかった。「誰か一人と目が合うことで、観客全体を引き込める感じがあったんです。コンサートで、歌手が違う人を見つめていても自分だけを見ていてくれる気がする感じに近いかな。それは発見でした」。そして、もう1つ気づいた、と続ける。
 目を合わせた観客は、ジャッジと反対側の席。ジャッジに背中を向けた状況で、アイコンタクトをとったのだ。「(佐藤)有香さんが作る振付の場合、ジャッジだけではなく360度を向いて演技するんです。これまではその意味が分からなかった。でもジャッジに背中を向けていても、観客にアピールしている雰囲気が背中から伝われば表現になるんだと、そう感じたんです」

音楽とユニゾンする滑り 「スケートだけの伸び上がる魅力」

 そして、もう一つの化学反応は演技後半のコリオステップ。体と音楽が一体となったのだ。スイングロールでヒュンッと加速し、トゥステップで跳ね上がると、リンクの端まで一気に流れていく。まるで鳥が自由に大空を飛び回るような空気感を生み、壮大なテーマのメロディーと見事にユニゾンした。それは小塚の精密で深いエッジワークがあってこそ生まれる妙技だった。
「曲を選んだ時から、ここはスーッて流れるように滑っていくステップのイメージでした。ギュンって伸び上がるスイングロールとか、スケートにしかできない魅力っていうのかな。それを一番魅せたかった」
 ジャッジの評価は「プラス1〜2」。しかしそのステップはもっと評価されるべきだと、後のジャッジミーティングで話題になったという。小塚のスケートへの感性が、見事に証明された瞬間だった。

 10月1日に行われたジャパンオープンでは、4回転以外のジャンプはまとめたものの、課題としていたはずの「音楽を感じる滑り」を披露することができなかった。そして今回は、ジャンプのミスが相次ぎGP3位となったものの、手に入れた感覚は次につながる大切なもの――。前半のレベルステップで会場と一体となり、後半のコリオステップで音楽と一体となった。佐藤コーチは言う。「本当なら、ジャンプがもっと仕上がっている時期。目が合ったという経験だけで喜んでる場合じゃない。それをきっかけに成長することが大切」。少し手厳しいセリフ。でもそう語る顔は笑顔だった。そして小塚自身もすでに次の段階を見据えている。

「ファンの方々には申し訳ないけど、でも今回は自分がやるべきことを優先させてもらいました。ジャパンオープンを見て、このプログラムどうなっちゃうのって不安に思った人は多いはず。でも好きな曲で音楽を感じて滑るという方向性は間違っていなかった。確信できました。次は、もっとジャンプとジャンプの間の意識をつないで、曲全体をひとつの演技にしたい」

 それは小さな一歩。しかし着実な一歩。小塚はもっと大きな化学反応を起こせる、そう予感させる演技だった。

<了>

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著者プロフィール

元毎日新聞記者、スポーツライター。自らのフィギュアスケート経験と審判資格をもとに、ルールや技術に正確な記事を執筆。日本オリンピック委員会広報部ライターとして、バンクーバー五輪を取材した。「Number」、「AERA」、「World Figure Skating」などに寄稿。最新著書は、“絶対王者”羽生結弦が7年にわたって築き上げてきた究極のメソッドと試行錯誤のプロセスが綴られた『羽生結弦 王者のメソッド』(文藝春秋)。

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