錦織圭が全仏オープンで示した現在地=トップ50からさらなる躍進へ

内田暁

「年内50位以内」が示す意味とは?

2011年初めには98位だった世界ランクを半年弱で急上昇させた錦織 【Getty Images】

 年内の目標を英語で「Top fifty(50)」と答えたことに関し「fiftyではなく、fifteen(15)でも行けるのでは?」と会見で聞かれた錦織は、苦笑しながら「50位以内を確実にしつつ、40位以内に行くことも頭にあります」と答えるに留まった。確かに今年の錦織は、年頭に98位だったランキングを、半年弱の間に50位も上昇させたのだ。その上昇線の急勾配を考えれば、もう少し高い目標を掲げても良いのではと思いたくもなる。

 だが、この錦織の「まずは年内50位以内」という目標が示唆的だと感じたのは、昨年の全仏で取材した、ある選手の言葉を思い出したからである。
 その選手とは、今年の全豪オープンで上位シード選手を次々と撃破しベスト8に進出した、現在22位のアレクサンダー・ドルゴポロフ(ウクライナ)だ。ドルゴポロフは昨年の全仏の時点で、やはりランキングを100位代から50位近くまで上昇させた、若手の成長株であった。昨年、そのドルゴポロフに年内の目標をたずねた時、彼は「50位以内で年内を終えること」と答えたのだ。

 もっと上を狙えるでしょう……? そう水を向けると、当時21歳の若者は「50位以内でシーズンを終えられれば、オフを長くとってトレーニングに時間を充てられる。それに、来年のスケジュールを上手に組むこともできる」と答えたのだ。そうして自らが描いた青写真通り、オフシーズンにフィジカルを強化し挑んだ今シーズンは、さらなる躍進を遂げている。

日々の勝利と長期的視野と

 年齢やランキングの相似性を見て、ドルゴポロフの足跡を錦織に重ねるのは安易すぎるかもしれない。だがそのようにテニス選手とは、日々の勝利を追い求めながらも、長期的視野に立ち心技体の統合を目指すものだ。世界2位のノバック・ジョコビッチ(セルビア)をはじめとする多くの選手が、「ここ数年の男子テニスは、フィジカルが急激に上昇した。才能ある若手選手でも、フィジカルの強さなしに上位は狙えない」と口にする状況もある。だからこそなおのこと、「大きなけがをしたことで、自分の身体への理解が深まった」という錦織が掲げる目標の一つ一つからは、地に足の着いた予見性が感じられる。
 
 やや余談になるが、今回の全仏会場で錦織に熱い声援を飛ばしていたアジア系アメリカ人は、試合を見るために14時間のフライトを経て、遠路シアトルからパリまでやって来たという。

 それ程までに人々を魅了する選手が、50位を切った程度の場所に留まる訳がない――。
 身贔屓(みびいき)抜きでそう思うのが、錦織圭を見る者としての“現在地”である。

<了>

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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