クルム伊達、深まる苦悩とその先のチャレンジ=全仏オープンテニス

内田暁

二律背反的な上昇線と下降線

クルム伊達のスタイルが相手に研究されたこともスランプの原因 【Getty Images】

 なかなか出口の見えないトンネルの中で、試せることは何でも試してきた。休みを取るタイミングを変えたり、トレーニングの量を減らしたり増やしたり……。いまだ答えは見えないが、それでも「続けることによって、どこかこの先で光が見えるのではと思う。それを信じて、続けるしかない」との思いが、彼女を突き動かす原動力となっている。

「やめようと思えば、私の場合は、やめることもできる」
 そうも、彼女は言う。しかしそれは逆説的に、彼女には、やめることを決意しうるだけの明確な基準値が存在しない、ということでもある。
 そもそも“クルム伊達公子”としてのキャリアは、それ自体に多くの矛盾を含んでいる。3年前に現役復帰して以来、彼女は凄まじい勢いでツアーレベルのスピードやパワーに適応し、試合勘を取り戻しながらランキングも伸ばしてきた。だが同時に、彼女にとって第二のキャリアは始まったその瞬間から、肉体的な限界と衰えとの戦いでもある。

「私の年齢になったら、トレーニングして急激に筋力がつくわけではない。正直、現状維持が精いっぱいという状況」
 2カ月程前に、彼女は肉体面の現状をそのように語っている。重ねる試合経験と技術研鑽(けんさん)により描かれる上昇線と、それに逆行するフィジカルの下降線。この二律背反的な均衡が、彼女の「スランプ」をより複雑なものにしている。

研究された伊達スタイル

 また、伊達が現在直面している苦境とは、多くのアスリートが経験する“2年目のジンクス”に近い状況でもあるだろう。復帰してからは3年の歳月が経過したが、伊達が本格的にツアーのトップレベルに再び定着したのは、1年半ほど前のこと。それ以降、“ライジングショット”に代表される彼女の特異なプレースタイルは、多くの上位選手を苦しめてきた。

 だが、そろそろツアー選手たちとの対戦も一周し、伊達のスタイルに対する分析は、高い警戒心とともに進んできている。現に今回対戦したウォズニアッキも、「キミコが、とても変わったプレースタイルだということは分かっていた」と2年前の対戦経験の恩恵を認めた上で、「彼女はとてもフラットにボールを打つし、ボレーがうまい。だから私は、最初からしっかり準備をして足を動かし、ボールに集中していた。そして、常に彼女を動かすことを意識した」と、試合への心構えを明かした。
 前回の対戦では、伊達の試合終盤のけいれんに救われた感が強かっただけに、今回のウォズニアッキには、油断もぬかりもない。伊達は「私と対戦する時は、どの相手も凄くいいプレーをする気がする」と冗談半分に苦笑するが、それは決して気のせいではないだろう。今や対戦相手は、伊達を分析し、万全の準備で挑んできているのだ。

 相手に手の内を知られた状況から、残された時間の針をにらみつつ再び勝利をつかむのは、これまで以上に困難な道のりになるだろう。それでも伊達は、
「試練があるのも、私にとってのチャレンジ。チャレンジが好きで始めたのだから、勝てないからと言ってやめる訳にはいかない。負けても負けても続けることが、人生においてプラスになると思う」と、断言する。

 負けが続く現状をやめることへの理由にせず、「試練」として受け止める道を彼女は選ぶ。

 そのチャレンジは、どこへと行き着くのか……? 前例も道標も海図も無い航海は、まだ続く。

<了>

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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