小塚崇彦、「愛」を演じて得た銀メダル=世界フィギュア・男子シングル

青嶋ひろの

沸き上がっていた「愛」を表現

フリーはSP後のオープニングセレモニーで感じた愛やあたたかみが詰め込まれたプログラムになった 【坂本清】

  生まれたころから氷の上を遊び場にし、スケーターである祖父に、両親や伯母に、佐藤コーチ夫妻に、目いっぱいの愛情を注がれて育った青年。成長してからも、佐藤有香やマリーナ・ズウェア、カート・ブラウニング、サンドラ・ベジックなど、世界の一流スケーター、一流振付け師に認められ、惜しみないバックアップを得てきた。

 この夜はそのやわらかなスケートで、スケートに愛された青年の喜びを謳(うた)いあげているようにも見えた。振付師のズウェアがプログラムに込めた愛、コーチたちがすべてを注ぎ込んで教えた、スケーティングテクニックに込めた愛。そして小塚自身が彼らのすべての愛情を形に変えて、ここまで柔らかく、愛おしい作品を氷上に作り上げていく。

 予選時と同じ、リストの『ピアノ協奏曲1番』であっても、フリーで作り上げたのはまったく違うプログラム。試合終了後、そんな滑りができた理由を尋ねたところ、驚くような答えが返ってきてしまった。
「昨日、ショートプログラムの後にこの大会のオープニングセレモニーを見たんです。あの日本をフィーチャーした演出に、僕たちを応援してくれるロシアの人々の愛をすごく感じて……。そんなみなさんの気持ちに、僕はフリーで応えたいな、と思いました。ロシアから送られた愛、温かみを、このプログラムで表現することができるだろうか……そんなことを、ずっと頭の中でぐるぐる考えていたんです。だから今日は4分半の最後の最後まで、勢いだけではなく、自分の見せたいものを思いながら滑ることができたんじゃないかな」
 本当に彼は、彼の中に沸き上がっていた「愛」を表現しようとしていたのだ。

世界最高のスケーターへ

  東京での世界選手権の中止、モスクワでの代替開催決定、1カ月先へのスケジュール変更。大震災に対する世界の人々の思い、その思いを受け止めた日本の一青年の心にあふれかえったもの。
 めまぐるしく過ぎ去っていく一連の出来事の中で、彼が感じたこと、考えたことすべて。それを4分半の演技に惜しみなく注ぎこみ、言葉など使わずとも、見る人に彼の中の「愛」を、こんなにもストレートに伝えてしまったのだ。
 完ぺきなエレメンツという、肉体の奏でる美。ほとばしる思いという、精神の紡ぎだす美。
 両方を、フィギュアスケートという手段を使ってこれ以上ないくらのレベルで見せ、小塚崇彦は史上4人目の日本人男子世界選手権メダリストに。そして名実ともに、日本の一番手となった。

 前世界チャンピオン高橋大輔から、16歳の四大陸選手権メダリスト羽生結弦、さらには彼らに続くたくさんの若手選手まで。世界最強の布陣を誇る日本の男子フィギュアスケートを、これからは小塚崇彦が引っ張っていく。彼らの先頭を切って、彼以上に確実な4回転と高いプログラムコンポーネンツを武器に持つパトリック・チャンや、多種類の4回転を携えた世界の若手たちと、これから3年間、真っ向から対峙(たいじ)していくことになる。
 人のいい笑顔を見せる銀メダリストには、その覚悟ができているだろうか?

「まだ乗ったことがなかった、世界選手権の表彰台。立ってみたら……ほんとにいい場所だなあって感じました」

 私たちの手の届かない遠い場所、世界の表彰台から帰って来たばかりの彼は、そんな人のいい言葉とともに顔をほころばせ、取り囲む人々を笑顔にした。

 やはり小塚崇彦は、愛に包まれて育ったスケーター。年を追うごとに高まる戦いの厳しさの中でも、この素直で愛くるしいキャラクターは決して変わらない。でも、そのりりしい瞳でしっかりと前を見て、世界最高のスケーターを目指していく。

<了>

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著者プロフィール

静岡県浜松市出身、フリーライター。02年よりフィギュアスケートを取材。昨シーズンは『フィギュアスケート 2011─2012シーズン オフィシャルガイドブック』(朝日新聞出版)、『日本女子フィギュアスケートファンブック2012』(扶桑社)、『日本男子フィギュアスケートファンブックCutting Edge2012』(スキージャーナル)などに執筆。著書に『バンクーバー五輪フィギュアスケート男子日本代表リポート 最強男子。』(朝日新聞出版)、『浅田真央物語』(角川書店)などがある

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