小塚崇彦、「愛」を演じて得た銀メダル=世界フィギュア・男子シングル
「いつも通り」以上の力を発揮
フリーで鮮やかな4回転ジャンプを決めるなど、完ぺきな演技で銀メダルを獲得した小塚 【坂本清】
「昨日(SP)は今から考えれば、焦りまくっていたんですよ。やっと始まった世界選手権に対して、やる気が出過ぎて、ウオームアップのメニューもいつもより早くこなし過ぎてしまったくらい。ほとんど“運動会のお父さん状態”でした(笑)」(小塚)
しかし、フリーでの最終グループ。織田はトリプルトゥループの跳び過ぎ違反で10点前後の失点。高橋大輔は、最初のジャンプを跳んだ時点でスケート靴のエッジ(刃)のビスが外れるというアクシデントで演技を中断。
一方でカナダのパトリック・チャンとロシアのアルトゥール・ガチンスキーは、それぞれ4回転を着氷し、会場と一体となるエネルギッシュな演技を見せる。日本人、日本関係者は、5番滑走、残された小塚に祈るような思いを託すこととなった。
でも、崇彦で大丈夫だろうか? 確かに彼は、今シーズンのグランプリファイナルトップ進出者、そして全日本チャンピオン。とはいえ、ずっと風除けをしてくれた高橋や織田の後ろをのびのびと走って来た、日本チームの末っ子。佐藤久美子コーチに言わせれば、「温室育ち」の甘えん坊だ。
先輩2人がアクシデントを前に力を発揮しきれなかったこの状況を、高橋の音楽中断などで薄々感じ取っているに違いない。自分よりも若いのに国の第一代表として奮闘するチャンやガチンスキーが、大観衆を大いに沸かせた様子も聞こえているはずだ。こんな状況でいつも通りの力が発揮できたら、彼は本当の全日本チャンピオンなのだが……。
だが、そんな心配をよそに、彼は「いつも通り」以上の力を、モスクワ・メガスポルトのリンクに発散してしまった。
「これこそ、本当のパーフェクト」
佐藤信夫コーチ(右)、佐藤久美子コーチ(左)とともに得点を見て喜ぶ小塚 【坂本清】
「これこそ、本当のパーフェクトというものです」
そんなことをつぶやいた国際ジャッジもいたほど、要素の上では完ぺきなプログラムを見せ、なんと「新採点の申し子」パトリック・チャンを、エレメンツスコア(要素点)で上回るという快挙を成し遂げてしまった。
「でも現在のルールは、エレメンツの出来だけで勝敗が決まるわけではないから……プログラムコンポーネンツスコア(演技構成点)あってのルール、フィギュアスケートです」(小塚)
そう話す演技面でも、こんな小塚崇彦はかつて見たことがない。何か温かいものに包まれているような、見るものを吸い込んでいくような……少し照れ屋の彼の思いが、静かにほとばしる極上のプログラムを、シーズン最高の舞台で彼は完成させたのだ。