ポルト無敗優勝の快挙に“第二のモリーニョ”あり=王座を取り戻した33歳の青年監督の手腕

鰐部哲也/Tetsuya Wanibe

16歳でポルトのチームスタッフ入り

就任1年目でポルトを無敗優勝に導いたビラス・ボアス監督(中央)。“第二のモリーニョ”と呼ばれ、評価は急上昇している 【写真:ロイター/アフロ】

 2010年6月4日、きれいに刈り込まれた緑の芝がまぶしいポルトガル第二の都市のスタジアム、ハリウッドスターと見まがうほど鼻梁(びりょう)が高い、32歳の若い男性が特設された壇上に立った。

「ポルトに戻ってくることができて誇りに思う。まず、わたしのバックグラウンドをよく知る皆さんに言いたいのは、『わたしはジョゼ・モリーニョのクローンではない』ということだ。どちらかというとジョゼよりボビー・ロブソンのクローンに近いかもしれない。わたしはイギリスの血筋だし、(ロブソンのように)鼻も大きいし、無類のワイン好きだからね(笑)」

 自身の監督就任会見でそう切り出した男こそ、今シーズン、FCポルトをポルトガルリーグ無敗優勝(第26節終了時)に導いたアンドレ・ビラス・ボアスである。

 ビラス・ボアスはサッカー選手としてのプレー経験が全くない。これはプロサッカー選手としてではなく、アマチュア選手としてもクラブユースの出身経験もない珍しいプロサッカークラブの監督だ。

 1994年、ポルトの監督だったボビー・ロブソンの下、わずか16歳にしてチームスタッフ入りしたビラス・ボアスは、ポルトガル人にして“Flawless English”(非の打ちどころのない完璧な英語)を話せたことが、イングランド出身のロブソンの通訳としての大抜てきにつながったと言われている。通訳としてだけではなく、相手チームの戦術分析も任されるようになったビラス・ボアスは17歳の時、スコットランドでUEFA(欧州サッカー連盟)のC級コーチライセンスを獲得し、21歳の時には短い期間ながら、“修行として”イギリス領ヴァージン諸島の代表監督を務めている。

 そして02年1月、当時ポルトガルの弱小クラブだったウニオン・レイリアを4位に躍進させたジョゼ・モリーニョが、中位に甘んじていたポルトの監督に招へいされると同時に、モリーニョのアシスタントコーチとして師事することになる。ポルトでリーグ優勝、UEFAカップ優勝、チャンピオンズリーグ(CL)優勝と大成功を収めたモリーニョがチェルシー、インテルの監督に引き抜かれると、それを追うように彼の“右腕“として、いつもビラス・ボアスが隣にいた。

 ビラス・ボアスは、かつてモリーニョがスポルティング・リスボンで監督を務めていたロブソンの通訳として指導者のキャリアの第一歩を踏み出したように、やはりロブソンの通訳として文字通り“サッカーキャリア”をスタートさせた。つまり、ポルトガルが輩出した“第二のモリーニョ”と言っても過言ではない。

 09年10月にモリーニョの下を離れ、故郷ポルトガルのアカデミカ・コインブラの新監督に就任したビラス・ボアスは「(モリーニョ率いる)インテルを離れてコインブラに来たのは自分にとって大きなリスクだったし、コーチではなく監督として1つのクラブを率いるのはわたしの人生にとって大きな挑戦だった」とシーズン後に述懐している。

指揮官は会見以外、黙して語らず

 ここ数年、ポルトガルで将来有望な青年監督と言えば、スポルティングを率いたパウロ・ベント(現ポルトガル代表監督)と、ユーロ(欧州選手権)96で共にプレーした現ブラガ監督のドミンゴス・パシエンシアだった。
 前者は、ジュニアチームの監督時代に手塩にかけて育てたナニ、ジョアン・モウティーニョ、ミゲル・ベローゾといった“86年組”(86年生まれ)をポルトガルを代表する選手に成長させた。後者は、昨シーズン最終節までベンフィカと優勝争いを繰り広げ、クラブ史上初の2位に導いた。今シーズンはCL予備予選でセビージャを下し、これまたクラブ史上初のCL本戦出場を果たすと、グループリーグ敗退で回ったヨーロッパリーグ(EL)ではリバプールを破り、ベスト8に進出している(4月10日現在)。

 その40代前半の彼らよりも10歳も若いビラス・ボアスが今シーズン、ポルトの監督に就任できた背景には、やはりポルトで長年下積みを重ね、フロントの信頼が厚かったのと、本人のポルトというクラブへの思いの強さからであろう。実際、昨シーズン、前出のパウロ・ベントが監督を引責辞任した時に、どこよりも先んじてビラス・ボアス獲得に動いたのはスポルティングだったが、本人がオファーを断っている。
 しかし、32歳(就任当時)の監督がポルトを率いることに疑問視する国内世論の声は多かった。何しろ、ポルト会長のピント・ダ・コスタでさえ、「アンドレ(ビラス・ボアス)はコーチとして戻ってくるものだと思っていたよ」と言っていたのだから。

 ではなぜ、ビラス・ボアスは就任1年目から圧倒的な強さでスーぺルリーガ(ポルトガルリーグ)無敗優勝を達成できたのか?
 しかし、その理由をひも解くにはあまりにも彼の言葉が少なすぎる。昨年夏にポルトの監督に就いたビラス・ボアスは程なくして「すべてのメディアの単独インタビュー、取材には応じない」とクラブを通じて声明を出した。つまり彼のコメントや分析は「公式な」「試合前後の会見」でしか拾えないということだ。

 今シーズン、「ポルトとベンフィカはどちらが強いのか? どちらがスペクタクルなサッカーをしているのか?」「(今季得点王争いトップの)フッキと(昨季得点王)のカルドーソはどちらが優れたストライカーなのか?」という議論がポルトガル国内で何度も交わされた。しかし、そんな喧騒(けんそう)にもビラス・ボアスは沈黙を貫いた。その態度に“リスボンの”国内メディアは「若僧」「モリーニョのコピー」と揶揄(やゆ)、挑発を繰り返したが、ビラス・ボアスは黙して語らなかった。

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著者プロフィール

1972年生まれ、三重県出身。ポルトガルの首都リスボン在住。2004年から約4年間ポルトガルに滞在し、ポルトガルサッカー情報を日本に発信。その後、日本に帰国して約2年半、故郷の四日市市でポルトガル語の通訳として公務員生活を送るものの、“第二の祖国”、ポルトガルへの思慕強く、2011年3月よりポルトガルでサッカージャーナリスト活動を再開した。ブログ「ポルトガル“F”の魂」にて現地での取材観戦記なども発信中である。ポルトガルスポーツジャーナリスト協会(CNID)会員、国際スポーツプレス協会(AIPS)会員

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