浅田真央がコーチと下した決断=全日本選手権・女子シングル

青嶋ひろの

「男子は素敵。女子は強い!」

信夫コーチの横で、高得点にガッツポーズが飛び出した浅田真央 【坂本清】

「フィギュアスケート、男の子は素敵ですねぇ」
 初めてこのスポーツを取材するという女性ジャーナリストに、全日本選手権の期間中、そんなことを言われた。

 数あるスポーツの中からわざわざフィギュアスケートを選ぶ男の子たちだ。
 女子は男子の10倍は競技人口がいるため、ジャンプが跳べなければ全日本クラスの選手になれず、必然的にアスリートタイプが多い。その一方で、最近の日本男子たちは根っからの芸術家タイプが多く、最終グループの6人は言わずもがな、若手もベテランも「ジャンプ」の能力にとらわれない、魅力的な選手が多い。

浅田は全日本選手権で2位。優勝は安藤美姫、3位は村上佳菜子 【坂本清】

 しかし女子シングルのフリー終了後、その女性ジャーナリストに、一番にこんな言葉をかけてしまった。

「フィギュアスケート、女の子は強いでしょう?」

 世界選手権代表を決めた安藤美姫(トヨタ自動車)、浅田真央(中京大)、村上佳菜子(中京大中京高)。また、世界ジュニア選手権代表を決めた庄司理紗(西武東伏見FSC)、西野友毬(武蔵野学院)、大庭雅(名東FSC)。彼女たちがそろいもそろって、ほぼパーフェクトな演技を、最も緊張感みなぎる全日本選手権で、見せてしまったのだ。
 特に最終グループでの好演技の連続は見応えがあり、4回転ジャンパーが6人そろいながら、誰ひとりとして全日本で成功できなかった男子のフリーとは好対照。

「男子は素敵。女子は強い!」

 恒例の展開を、またも見せてくれた全日本選手権だった。

6分間練習後の決断

【坂本清】

 強い日本の女子シングル。その代表である浅田真央の復活は、やはり鮮やかだった。
 まず誰もが注目したのは、ショートプログラム(SP)でのトリプルアクセル。
 NHK杯でも、エリック・ボンパール杯でも、この一つ目の大技の失敗で、SPとフリーのすべてが崩れるという流れを見ていれば、当然「SPからトリプルアクセルなど、跳ばなくてもいいのでは? それがなければ勝てない選手ではないのだから」と誰もが思う。フランスで彼女自身にこの点について聞いてみたところ、

「でも、一度ダブル(アクセル)にしてしまうと、その後も跳ばないことになってしまいそう……。挑戦は続けたいです」などと語った。しかし全日本選手権前、「信夫先生と話し合って、SPのアクセルはダブルにするかもしれません」と言い出したのだから面白い。

「全日本選手権……今回は、ジャンプでミスをしないことが課題でした。それを考えたら、SPでは確実なダブルアクセルにする。これはやはり定石でしょう」(佐藤信夫コーチ)

 さすがは佐藤コーチ、このトリプルアクセルにこだわる頑固者をきちんと説き伏せたか、と。しかし蓋を開けてみれば、無謀ともいえるSPからのトリプルアクセル挑戦! 

「参りましたね。こんなはずじゃなかった(笑)。今回はダブルアクセルでクリーンにって話だったのに! でも真央ちゃん、行っちゃったんです」(佐藤久美子コーチ)

【坂本清】

 浅田がトリプルアクセルを跳びたい、と信夫コーチに訴えたのは、SPの6分間練習後。

「トリプルアクセル、6分練習では問題がなかったので、それを信じて跳びました。迷ったんですけれど、先生に『跳びたい』っていったら、『……わかった』って(笑)」

 正直にいえば、そのトリプルアクセルは両足着氷気味で、回転も国際大会ならばトリプルと認定されないだろうジャンプではあった。それでも浅田真央自身にとっては、合格点のジャンプ――そのことが、大切だったのだ。アクセルを降りた途端、表情はいきなりキリッと切れ味を増し、その瞬間、「真央ちゃん、戻ってきた!」と、誰もが思った。今シーズン、あんなに苦しげに滑っていたタンゴを生き生きと、勢いよく。まとわりつくような音楽の重さも、彼女の動きの瑞々しさが跳ね返してしまうようだ。

 もう、なんという単純な人なのだろう。そして、なんと美しい人なのだろう。

「こんな演技を、ずっとしたかった」

【坂本清】

「さまざまな過去の事例、僕自身の経験をかんがみても、ここはダブルで行くべきところ。それは、今でも思っています。でも跳ぶことによって、彼女の気持ちが奮い立つならば、こんな年寄の経験を押しつけるよりもいいじゃないですか(笑)。今回は彼女の、みなぎるエネルギーに期待を寄せて。勇気を持って跳ばせることを決断しました」(信夫コーチ)
「本当に、常識から考えれば跳ぶべきじゃなかった。ほかのコーチの先生方も、『なんで辞めさせないんだ!』と思って見ていたでしょうね(笑)。でも本人にも、これでトリプルアクセルが跳べなくて、また全部ダメになっても、世界選手権を逃してもしょうがないやって、覚悟があったんだと思います。それよりも今は跳びたい! と。それに、もし無理矢理ダブルを跳ばせてモチベーションが下がっていたら、ほかのジャンプが跳べていたかどうかわかりません」(久美子コーチ)
 トリプルアクセルのリスクも、浅田真央の気性も、どちらも良く理解しての、コーチのゴーサイン、そして、浅田自身のこだわり。すべてが吉と出て、SPは1位。この時点でもう、フリーは何の心配もいらないなと、誰もが思った。

「トリプルアクセル、回転が足りていたかはわからなかったけれど、降りた瞬間、『このままノーミスで行ける!』と思いました。こんな演技を、ずっとしたかったんです。やっとできたので、本当にうれしかった! 全日本までにやってきた練習を全部思い出して、自信を持って、気持ちを落ち着かせながら滑りました。これまで自分のやってきたこと、ちゃんと出せたと思います!」(浅田真央、SP後のコメント)

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著者プロフィール

静岡県浜松市出身、フリーライター。02年よりフィギュアスケートを取材。昨シーズンは『フィギュアスケート 2011─2012シーズン オフィシャルガイドブック』(朝日新聞出版)、『日本女子フィギュアスケートファンブック2012』(扶桑社)、『日本男子フィギュアスケートファンブックCutting Edge2012』(スキージャーナル)などに執筆。著書に『バンクーバー五輪フィギュアスケート男子日本代表リポート 最強男子。』(朝日新聞出版)、『浅田真央物語』(角川書店)などがある

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