「あきらめないスケーター」浅田真央の復活に必要なもの=フィギュアスケート・エリックボンパール杯
GPシリーズ2戦目は5位。1戦目からの練習に自信を持って臨んだが、思うような演技は出来なかった 【坂本清】
色紙からはみ出さんばかりの、大きなひらがな6文字。毎年のオフシーズン、日本選手たちに今年の目標やモットーなどを自由に色紙に書いてもらっているのだが、この夏、迷わずにこの一言を書いてくれたのは、宇野昌磨(グランプリ東海ク)。名古屋の大須リンクにて、浅田真央(中京大)に「スケートやってみない?」とスカウトされ、現在も山田満知子コーチの元で練習している中学1年生の男の子だ。
「小さいころ、真央ちゃんの練習をずっと見てたんです。普通だったら調子が悪くてジャンプが跳べないと、練習が嫌になってだらだらしたり、やめちゃったりする。でも真央ちゃんは、跳べなくても跳べなくてもあきらめないで練習してた。それを見ていて『あきらめない』って大事なんだなって、思ったんです」
先輩「真央ちゃん」からあきらめない精神を受け継いだ宇野昌磨は、現在全日本ノービス(ジュニアの1つ下のカテゴリー)チャンピオン。「彼は体も小さいし、身体能力だって決して高くない。才能ではなくひたすら努力、練習でここまで来た選手なんです」(樋口美穂子コーチ)
小さなチャンピオンの心の中に、しっかり根を生やした大きな意思と、その結実。浅田真央というスケーターが若い選手たちに及ぼしている影響の確かさを、再確認する思いだった。
あきらめない精神がゆらいだ瞬間
自身が五輪銀メダリスト、世界チャンピオンになるだけでなく、小さなノービスチャンピオンを誕生させるほど大きな、彼女の「あきらめない精神」。しかしそんな浅田に小さな異常を見たのは、エリック・ボンパール杯(以下、エリック杯)フリー当日の公式練習でのことだ。
前日のショートプログラム、トリプルアクセルの着氷で大きく崩れ、トリプルフリップで転倒。ふたつの大きなジャンプミスが響き、7位発進。
NHK杯に続いてのこの結果に、「またか……。やっぱり真央ちゃん、まだ不調なんだな」と思った人は多いだろう。しかしその前日の公式練習を見て、試合前の発言を聞いている身としては、この結果は意外だった。練習ではトリプルアクセルをはじめ、それぞれのジャンプが悪くない確率で入っていたし、インタビューでも彼女の方から、「優勝を目指したい」発言が飛び出していたのだ。日本での練習もしっかり積めているらしく、NHK杯から数週間の過ごし方には満足している、と自信ものぞかせる。さらにはパリの街歩きも楽しみ、「カフェで食べたティラミスがおいしかった。さっきもずっと遥ちゃん(今井遥=日本橋女学館)と、ティラミスの話ばかりしてたんですよ」と、マイペース。
逆に彼女を取り巻く佐藤信夫コーチやトレーニングメイトの小塚崇彦(トヨタ自動車)、日本チームのチームリーダーらの方がそわそわしていて、「取材の皆さん、真央ちゃんにはできれば『スケート以外のこと』を聞いてくださいね」と、冗談のような通達まででるほど。でも、真央ちゃん自身があの調子なら、大丈夫かもしれないね……そんな雰囲気が、試合前には漂っていた。
それがショートプログラムの2ミスで7位と沈んだ翌日。フリー当日、朝の公式練習。
アクセルもルッツも、前日とはうって変わってまったく跳べなくなってしまった姿に、誰もがぼうぜんとしてしまう。フリーの音楽「愛の夢」をかけての練習では、冒頭のトリプルアクセルを成功したものの、ルッツが大きく抜けて1回転に。そこでプログラムを中断し、その場で立ち止まってしまった浅田の姿に、見ていた取材陣の何人かが、思わず声をあげたのだ。
「そこでやめちゃ、ダメだ!」
冷静な、というより冷徹な、スケートへの愛などではなく、職業意識で取材をしている彼らが、公式練習を見てそんな声を挙げることなど、めったにない。不調で泣きだそうが、絶好調で踊りだそうが、関係なく冷たい視線で選手たちを見ている。そんな彼らが思わず声を出してしまうほど、浅田真央の「あきらめぶり」は深刻だった。小さなチャンピオンがあこがれの目で見る「あきらめない真央」のこんな姿を、誰もが見ていられない気持ちになってしまったのだ。
その姿はそのまま本番のフリーまで続き、冒頭のアクセルと2度目のアクセル、さらにフリップが1回転。ルッツは両足着氷で回転不足判定。当日の朝の練習から想像したとおりの演技で、浅田のグランプリシリーズ2戦目、エリック杯は5位で終わった。