「あきらめないスケーター」浅田真央の復活に必要なもの=フィギュアスケート・エリックボンパール杯

青嶋ひろの

「NHK杯から今日まで、一日も無駄にした日はない」

エキシビションではリラックスした表情でしっとりと舞い、観客を魅了した 【坂本清】

 しかし「あきらめない真央」は、完全に消えてしまったわけではない。
「すぐそばでコケては立ち、コケては立ち、それでも滑り続けている選手を見ていると、自分もちゃんとやらなきゃな、って気持ちになります。以前は週の半ばに気持ちがだれたりもしたけれど、浅田選手と練習をするようになってからは、そんなこともなくなったかな」とは、この秋からともに練習をしている小塚崇彦の弁。
 浅田本人に話を聞いてみても、「NHK杯のころは、練習での完成度は50%という感じでした。でも今は90%……いいときには100%近いところまでの練習、できていると思います。NHK杯から今日まで、一日も無駄にした日はないって言えます」
 もちろん今季の課題である「ジャンプの修正」が終わったわけではない。しかし修正前の現段階のジャンプのままでも、試合で戦える状態までまずは持っていこう、そんな佐藤信夫コーチの方針に従い、普通にいつも通りに滑れば優勝を狙える、そこまでの練習は積めているのだ。佐藤コーチの話、本人の話、小塚の話を聞き、ショートプログラム前までの公式練習を見れば、その点でわれわれが心配することは何もない、と確信できる。それは、ジャンプをどう修正していいかわからず、練習拠点もロシアか日本か迷いつつだった、昨シーズンの状態の比ではない。佐藤コーチにもしっかり信頼を寄せ、「帰ったらもう一度ちゃんと先生とお話をして、このまま信夫先生について行きます」という意思も明確にしてくれた。練習環境、コーチとの関係、この後の練習方針、練習に向かう気持ちには、何の問題もないし、ぶれもないのだ。

 ただ試合で。試合でだけ、うまくいかないこと。試合が始まったとたんに「あきらめない真央」が姿を消してしまうこと。これはやはり、大きな気がかりだ。
 ショートプログラムの最初のジャンプがうまくいかない、その一瞬で、「やっぱり試合では、まだ駄目なんだ……」と思いこんでしまう。次のジャンプに向かう気持ちが弱くなってしまう。そんな「あきらめる真央」の姿を見るのは、宇野昌磨をはじめ、彼女の姿に力をもらってきた選手たちにとってもつらいことだろう。

浅田に影響を受けた選手たち

 浅田の影響を受けて育った選手たちは、私たちが思う以上にずっとずっと多い。
「オリンピックで真央ちゃんを見て、やっぱり感動して……。中京大学で真央ちゃんが、すごく頑張ってアクセルを跳んでるところも見てたんです。それを知ってたからかな、あんな大きな舞台で、自分も真央ちゃんみたいに人が感動するような演技をしたいなって……オリンピックに、出たくなっちゃった(笑)」と、今季グランプリファイナル進出を決めた、村上佳菜子(中京大中京高)。
「僕がトリプルアクセルを跳べるようになったきっかけは、真央ちゃんです。ジュニアの時にシニアの合宿に特別参加したとき、すごい人と一緒に滑れる! って、テンション上がっちゃった(笑)。特に真央ちゃんのアクセルを見てたら、力はそんなに要らないんだなあ、って。そう思ってなんとなく力を抜いて跳んだら、回って、片足で降りて、跳べちゃった!」とは、今季シニアデビューで注目を集めた、羽生結弦(東北高)。

 たぶん浅田自身よりもまわりのスケーターたちの方が、彼女の良さを知っている。浅田真央から、多くのことを学んでいる。だから今度は、「真央ちゃん」の方が、まわりの友人たちから何かをもらってもいいのではないだろうか。
 たとえば安藤美姫(トヨタ自動車)の、観客の歓声をパワーに変える力。うまくいかなかった試合でも、失敗したことばかりではなく、その日に成し遂げられたこともしっかり考え、ポジティブに受け止める力。
 高橋大輔(関大大学院)の、試合であっても観客と一緒にノリノリで、その場を楽しみながら滑ってしまおうという余裕。
 そして今回のエリック杯で男子シングルを制した小塚崇彦の、ライバル選手への大声援の中でも自分を見失わず、練習を信じて本番ですべてを発揮してしまう強さ。
 グランプリシリーズ6戦を見ただけでも、彼らはそれぞれ違う強さを持って、世界を制した。フィギュアスケート日本チームの選手たちは今、本当の強さで世界のスケート界を引っ張りつつあるのだな、と試合ごとに確信し、彼らが誇らしくてたまらなくなった。

少し肩の力を抜いて……

 そんな彼らの中で、唯一世界選手権を2度制している浅田真央。彼女がどんなに練習を頑張れる選手か、どれだけ「あきらめない」強さを持っているかは、みんなが知っている。たぶん日本選手の中で一番、いや、世界で一番の「あきらめないスケーター」だ。そんな姿をたくさんの選手が見て、刺激を受けてきた。
 だからあとは少し、試合を楽しんだり、自分をもう少し甘やかしたり、気持ちを楽にしたり……。そんなことが得意な選手たち、彼女にない種類の強さを持った選手たちが、日本のチームに、こんな近くにたくさんいるのだ。彼女が自分の目標だけに立ち向かっていく強さ、ひたすら練習に集中する頑固さを少しゆるめて、まわりの選手たちの姿に目を向けたら、今の自分にはない強さを持つ彼らを見ることができれば……。浅田真央は、さらに強くなるのではないだろうか。
 自分の弱さを見つめる余裕。もっと試合を、スケートを楽しむ気持ち。そんなものが、「練習では出来ているのに、試合でなかなか力を出せない」その現状の、突破口になるのではないか。今の強さにとらわれず、少し肩の力を抜くことが、きっと助けになるのではいか。

 宇野昌磨をはじめ、「真央ちゃん」が大好きなたくさんのスケーターが、きっと彼女の復活を待っている。試合でも「あきらめない真央」が再び戻ってくる日を待っている。
 試合でも強い、いやさらに、試合を楽しむ余裕、別の強ささえも身に付けたら……さらにたくさんの若いスケーターたちの、「やっぱり真央ちゃんみたいになりたい!」そんな気持ちに、浅田真央はきっと答えてくれるだろう。

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著者プロフィール

静岡県浜松市出身、フリーライター。02年よりフィギュアスケートを取材。昨シーズンは『フィギュアスケート 2011─2012シーズン オフィシャルガイドブック』(朝日新聞出版)、『日本女子フィギュアスケートファンブック2012』(扶桑社)、『日本男子フィギュアスケートファンブックCutting Edge2012』(スキージャーナル)などに執筆。著書に『バンクーバー五輪フィギュアスケート男子日本代表リポート 最強男子。』(朝日新聞出版)、『浅田真央物語』(角川書店)などがある

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