岩隈、松井秀の行方は? GM会議の舞台裏=アスレチックスGMを追って

丹羽政善

ア軍オーナーを直撃するも…

FAの松井秀(写真)に興味を示したア軍オーナーも明確なコメントは控えた 【Getty Images】

 こうなるとシーズン終盤、『サンフランシスコ・クロニコル』という地元紙に“松井に興味がある”と話したアスレチックスのルイス・ウルフオーナーにコメントの真意を確認するしかないが、それもまた容易なことではなかった。

 多くのオーナーがホテルに到着したのは17日午後。その日は午前中からウルフ氏のチェックインをホテルのロビーで待ったが、いっこうに現れない。午後6時半からホテル内のレストランでオーナーとGMの食事会が始まり、その入り口でも待機したものの、その姿を確認することはできなかった。

 正直に言えば、見逃したかもしれないという不安を覚えた。会ったことがあるわけではなく、顔は写真で知っているだけ。特徴は、白人で白髪。が、ほとんどのオーナーがそんな容姿なので、有益な情報とは到底言えなかった。

 各チームのオーナーがレストランに消えた後、再びネットでウルフ氏の顔写真を確認。その特徴を目に焼き付ける。

 その甲斐(かい)があったかどうか。食事会が終わってもおかしくない時間になって白人の老紳士がホテルに到着し、チェックインカウンターに駆け込むのを見て直感的に思った。

 彼だ。

 確証などない。自分の位置からは直線距離で20〜30メートルは離れている。顔を正面から確認できたわけでもない。それでも、恐らくそうだろうという手応え。――まゆ毛が長かったのだ。写真を見て真っ先に感じたのは、そう、まゆ毛の長さ。その老紳士がカウンターに向かったとき、横顔からそれが分かった。

 腰を上げてすぐに先回り。彼がウルフ氏なら、必ず通るであろう廊下で待っていると、やはり向かってくる。まだどこかで半信半疑ながら、「ウルフさんですか?」と声をかければ、右手を伸ばしてきたのは、彼の方だった。

 午前10時ごろから待ち、11時間以上が経過してのことである。

 並んで歩きながら、「少し時間がありますか?」と聞けば、「ちょっと、遅れているんでね」という返事。それは予想通り。食事会は、もう2時間も前に始まっているのだ。

「では、食事会が終わった後、少し時間をいただけますか?」と聞けば、彼は笑みを返した。

「もちろんだ。出て来たところで声をかけてくれ」

 十分だった。レストランに入るのを見届けて外で待つ手もあったが、一度あいさつをしておけば出て来たときに声を掛けやすい。

 果たして、そのおよそ1時間後、食事会が終わって店を出て来たところで声をかければ、彼は約束を覚えていてくれた。

「おお、そうだった」

 しかし、である。そのとき、状況に大きな問題が生じていた。当然と言えば当然だが、ウルフ氏はビーンGMと一緒に出て来たのである。
 ウルフ氏に気付いて、一緒にレストランの外で待っていたのは、知り合いの記者と2人だけだったが、思わず顔を見合わせた。案の定、ビーンGMもわれわれに気付き、笑いながら言っている。

「なんだい、また君たちかい」

 すぐさまウルフ氏に耳打ち。恐らく「あんまりしゃべらないでくださいね」ということではなかったか。

日本市場に興味か

 前日の段階で、「FA選手については、話すことができない」と話したそのビーンGMが真横にいては聞きづらいので、ウルフ氏を少し離れたエレベーターホールに導いたが、それでも数メートル先にはビーンGMがいる。監視付きだった。

 嫌な視線を感じながらも、単刀直入に「地元紙で、『松井に興味がある』とコメントされていますが、真意を教えてください」と問えば、ウルフ氏はやはりビーンGMの方を振り返り、つられるようにして視線の先に目を向ければ、GMは手を振りながら“話しちゃ駄目です”というサインを送っている。

 オーナーは、「われわれは、FA選手に対してコメントしないことにしているんだ」と、前日のビーンGMの言葉をなぞった。

 岩隈についても同様だったが少し雑談気味に日本で2008年に開幕戦を行ったときの話を持ち出せば、ようやく警戒が解け、自分の言葉で語り出した。

「素晴らしい経験だった。またやらせてもらえるなら、喜んで明日にでも行くよ。いい人たちばかりだったしね。うちの選手たちも心から楽しんでいた。はっきり言うけど、毎年でも日本で開幕させてくれるなら、そうするよ」

 最後には、こんな言葉さえ漏らす。

「シアトル(マリナーズ)のようになりたい。彼らのような素晴らしい関係を(日本と)築きたいね」

 これは、示唆と受け取ってもいいのか。たんなるリップサービスか。

 おそらく後者だろうが、日本で開幕戦を行った経験から、彼らは日本の市場を知った。ただ、うまくそれをビジネス的に利用するためには、それなりの選手が必要ということも実感した。そのために松井、岩隈が同時に獲得できれば、日本にアピールできるのではないか――。言葉の裏をいいように解釈すれば、そんなふうに受け取れた。

 横を見れば、まだビーンGMが聞き耳を立てながら笑っている。あまりのやりにくさにそれ以上の会話は無理だったが、少なくとも“興味がないわけではない”が答えになった。

ビーンGMの新たな一面

 その翌日のことである。

 オーナー会議が終わって少しすると、ウルフ氏が一人で廊下を歩いていた。再び並びかけて、「昨日はわざわざ時間を取ってもらって、ありがとうございました」と声をかけると、彼はこう言った。

「あれで十分だったかね? 悪いね。積極的に話すチームもあるが、われわれはFA選手について、話さないことになっているんで……」

 こちらが気を遣われた。

 頭を振って、「いえ、十分です」と答え、もう一度お礼を言った後、急ぐふうでもなかったので、「ビーンGMが横で見ていたので、やりにくかったです」と話せば、彼も笑う。「こっちもだよ」という言葉が、今にも口をついて出てきそうだった。

 冒頭のエピソードは、それから3時間後ぐらいのことになる。

 あいさつだけでもかまわないと思ったが、ビーンGMが止まってくれたので、彼が何も話すことができないと分かっていて敢えて聞いたが、数日前と比べれば、彼の対応には明らかな変化が伺えた。

 相変わらず口を滑らせることはなかったものの、「早く君たちに何かを報告できるといいね」と、最後になって、彼にも気を使われた。

 結果的に言えば、何の情報も得ていない。松井の移籍候補は、タイガース、ホワイトソックス、そしてアスレチックスに絞られた、とは言えそうだが、それについても確証はない。

 じゃあ、何を得たのかということだが、ビーンGMの違う一面に触れられただけでもプラスと言えた。冷徹に選手評価をする――という面も確かにあるのかもしれないが、人間味あふれるGMという印象。それを知っただけでも、次回からのアプローチも変わってくる。十分な収穫だった。

 彼が去るとき、「じゃあ、ウィンターミーティングで」という声がどこからともなくかかった。

 彼は顔をしかめて車に乗り込んだ。

<了>

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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマーケティング学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。

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