羽生結弦の前に立ちはだかる世界の壁=フィギュアスケート・ロシア杯
悔しさが残ったロシア杯
ロシア杯では総合7位となった羽生。GPファイナル進出はならなかった 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】
ロシア杯のフリーではNHK杯で成功した4回転が決まらず、後半に跳んだコンビネーションジャンプが「跳び過ぎ違反」で無得点。しかし、前日のショートプログラムはミスがなく、フリーでは後半のコンビネーションでの成功を含め、トリプルアクセルはきちんと2度成功させた。シニア1年目として、決して恥ずかしい演技内容ではなかったはずだ。にもかかわらず、フリー終了後の羽生結弦は、地団太(じだんだ)を踏まんばかりに悔しさをあらわにしていた。
「負けたけれど自分の演技ができて満足、なんて嘘ですよ。試合で負けて悔しくないわけがないじゃないですか」(昨年秋のインタビューでのコメント)
羽生は日本男子では珍しく、闘争心をあらわにするタイプだ。そして試合前には緊張感で恍惚(こうこつ)として笑いが止まらなくなるほど勝負事が大好きだ。おっとりした先輩選手たちはまず口にしない「この選手は気になる、この選手には勝ちたい」などという話もてらいなくしてくれる。“天使の顔で牙を持つ15歳”――彼を、そんなふうに評した選手もいた。
グランプリシリーズ2戦目となったロシア杯。そんな自分の気の強さが裏目に出たのだと彼自身は分析する。
「デビュー戦のNHK杯は、自分がシニアでどのくらいの評価を受けるか分からなかったので、ある程度の覚悟はしていました。もしかしたらショートで7位以下、最終グループに入れないかもしれないなと。でも結果は総合4位。しかも表彰台まで、あと5点もなかったんです。それでロシア杯は……順位にこだわり過ぎたかな」
今大会はグランプリ6大会きっての男子シングル激戦区。登場選手はトマシュ・ベルネル、パトリック・チャン、ジェレミー・アボット……。いずれもワールドメダリスト級、グランプリファイナルの常連選手たちだ。高橋大輔の世界選手権2連覇を阻止するとしたら彼らだろう、誰もがそう考える選手たちばかり。ライバル選手を強く意識する、そんな羽生らしさも今回はあだになったようだ。
「パトリック選手、トマシュ選手、アボット選手。公式練習からみんな4回転を跳んでいましたね。やっぱりレベルが違うなって感じました。ジュニアとはもう全然違います。みんな身体もでかいですし。これは一緒に練習することで、彼らのうまさをうまく取り込むいい機会だなとまず思いました。でもNHK杯の時もそうだったけれど、周りの雰囲気に流されて、自分の練習に集中できなくなってしまうことも事実です。モスクワに来て最初の練習でパトリック・チャンと一緒だったんですけれど、彼とは初めて同じリンクで滑ったんですよ。もう……ダメです(笑)。世界一うまいと言われるあの滑りに見入ってしまって、全然自分が見えてなかった」
4回転へのこだわり
「シニアでの戦い、自分の中ではたくさんの壁を思い描いています。例えば一番最後の壁の1つが、大ちゃん、高橋大輔選手。途中にパトリックたちがいて……でも、最初の壁、目の前の壁は4回転。つまり、自分自身との戦いなんです。NHK杯でも、東日本でも、その勝負には勝てた。だから今回も……。絶対跳べるって思い過ぎちゃったんです。自信が、過信になってたかもしれないな」
フリーの冒頭、4回転は転倒もステップアウトもせず、3回転できれいに着氷した。しかしこれは最初から3回転を跳ぶつもりだったのではなく「跳ぶ前に力が入り過ぎ、身体が締め切れなかった」ことでの3回転。この3回転トウループが、フリーの4分30秒すべてに影響してしまったという。4回転トウと3回転トウでは、使う筋肉も力加減もかなり違う。跳ぶ予定でなかった3回転トウループを跳んだことで、想定していなかった筋肉を使い、身体は一気に消耗した。
精神的にも「やばい!」という思いで大きく揺さぶられた。集中も切らしてしまい、ステップ前の思わぬ場所で大きく転倒。そして何より、トウループが3回転となったことで、3回転ジャンプ3種類(トウループ、アクセル、ルッツ)を2度ずつ跳んだことになり、後半の得点源、3回転ルッツ−2回転トウループが「跳び過ぎ違反、無得点」となった。「転んでもいい、絶対4回転を跳ぶ!」という気持ちが大きすぎたため、冒頭のジャンプが3回転になったときの対策は講じていなかったのだ。
「2大会連続で跳べていた4回転が入らなかったのは……やっぱり集中し切れていなかったんですね。演技前の6分練習から、いや、朝の公式練習からもう、集中は切れていました。回りの選手が気になって気になって……4回転にそこまでこだわってはいけない、そのことは分かっていたのに、心の奥の奥では、4回転のことばかり考えていた。こんなに強い選手ばかりなんだから、4回転を跳ばないと勝てないって」