高橋大輔が引き上げたフィギュア界=日本男子に黄金時代到来
スケートアメリカで高橋(中央)が優勝、織田(左端)が2位。右端は3位のマーバヌーザデー 【Getty Images】
ついに今年、そんな待ちに待っていた質問を受けるようになってしまった。「日本のフィギュアスケートが」ではない。グランプリ(GP)シリーズ開幕から4戦、そのうち3戦は高橋大輔(関大大学院)、小塚崇彦(トヨタ自動車)と日本男子が優勝。織田信成(関大)も連続2位。追いかける若手も、町田樹(関大)、無良崇人(中京大)、羽生結弦(宮城FSC)と次々に4回転ジャンプを成功――。「日本の男子が」こんなに強くなったのだと、外からも認めてもらえる時代が、文句なく始まった。
日本男子選手のみのフォト&インタビューブックなどというものを企画し、初制作したのが5年前。当時はすでに女子シングルは「黄金時代」だったのだが、「男子の本なんて作る意味、あるんですか?」とスケート連盟の人にまで言われた、そんな時代から5年。ついに日本の男子も、誰にはばかることなく「黄金時代」と呼んでいい時代が到来したのである。
女子選手の活躍を横目に
ひとつには、5シーズン以上前に始まった、女子シングルの黄金時代を、彼らが横目で見てきたせいもあるだろう。小さなころから知っている友だちのはずの「美姫」や「真央ちゃん」は、若くしてスターになってしまった。テレビ放映の扱いだって男女では大きく違ったし、幼なじみの女の子たちは取材やCM撮影で忙しい。そして実際、人気だけでなく、彼女たちは彼らに決して届かない、世界の主要大会のメダルを手に、優雅にほほ笑んでいる――。
5年前、「ライバルは安藤美姫です。僕だって超有名になりたいのに!」と高橋がほえていたのを良く覚えているし、「僕たちだって、スケートしながらチョコレートに巻かれたい!(当時、ビールマンスピンをする荒川静香がチョコに包まれていくCMがあった)」と、おどけた発言をしていたのは小塚と無良だ。彼らはいちばん身近で仲のいい女子選手たちの活躍をすぐそばで見て「いつか、おれたちだって!」そんなひそかな嫉妬(しっと)心を持って強くなった……、それはひとつ言えることだろう。
大きかった高橋大輔の存在
ある夏。ロシアのタチアナ・タラソワやエフゲニー・プラトフらトップコーチに認められ、短期間指導を受けて帰って来た高橋が、身に付けたばかりのステップを日本代表合宿で披露したとき。「大輔のステップに刺激を受けちゃったよ……」、いつもはのんびり、和気あいあいと合宿を楽しんでいた男子たちの、目の色が変わったことを覚えている。またある夏、皆が新しいプログラムの滑り込みをしている時間さえ、4回転のフリップジャンプをただひたすらに、何度転倒を繰り返しても跳び続ける高橋の姿を見て、「あんなに練習してるんだよ。うまくならないはずがない……」。決して練習量が少ないわけでない、努力家の若い選手が呆然(ぼうぜん)としていた姿も忘れられない。
そして昨シーズンは、オリンピックチャンピオンまでが4回転を回避する中、ケガあがりの体にもかかわらず、「男はやっぱり4回転!」の心意気で、全試合チャレンジ。そして3年ぶりに「4回転ジャンプを回避しなかった世界チャンピオン」となったその姿。
日本の男子選手たちは、今の「強い大輔」だけでなく、悪戦苦闘していた“へたれ王子”が世界チャンピオンになって行く姿を、国内戦で、代表合宿で、ナショナルトレーニングセンターでの練習で、ともに出演するアイスショーで、逐一見てきたのである。ふだんの彼らは兄弟のようにじゃれあっているし、トップアスリート、ライバル同士がそんなにはしゃいでいていいの? と心配になるくらい仲がいい。女子選手たちと違って、研いだナイフのような鋭いライバル心は、お互いに持っていない。それでも、「大ちゃんには負けられない」、「大ちゃんが4回転を跳んでるんだ。僕だって!」――才能あるひとりのスケーターが本物の王者になっていく、その過程で、そのすぐそばで。ひそかに彼に続く日本の男子選手たちも、黄金時代を築くスケーターへと成長していたのである。