アルゼンチン代表監督決定までのカウントダウン

アルゼンチンサッカーにはびこる悪

暫定監督のバティスタ(写真)が本命か 【スポーツナビ】

 2人目はマラドーナである。しかし、グロンドーナがAFAの会長を続ける限り、マラドーナの監督復帰への扉は閉ざされていると言えるだろう。マラドーナは、自らが選んだコーチングスタッフらの協力者なしに監督を続けるという協会のオファーを固辞し、退任発表会見の席で、AFA首脳陣の決定に強い反発を示した。

 その後、マラドーナは沈黙を守っていたが、AFAが新しい監督との契約を今月にも結ぼうとしている今、無鉄砲にも新たなる論争の口火を切った。1人で監督の座に戻り、協会の決めたテクニカルスタッフと仕事をする用意があると宣言したのだ(以前、倫理に反しないこと、仲間へのリスペクトを理由に代表監督を辞任したことを忘れたようだ)。さらに、バティスタさえも“口撃”した。もはや、マラドーナが代表監督として帰還する可能性はほとんどないだろう。

 3人目はバティスタ自身だ。W杯後に暫定監督の座に就いて以来、ここ数カ月の働きぶりで、正監督のポジションを勝ち取ろうとしている。ダブリンでのアイルランド戦(1−0で勝利)、ブエノスアイレスでのスペイン戦(4−1で勝利)と素晴らしい成功を収めた。バティスタのチームマネジメントがリオネル・メッシに落ち着きを与え、アルゼンチンのエースからも支持を得ることになった。

 バティスタはいい結果を得た時でさえ気の緩みを見せることがない。そして、自分の仕事をW杯・南アフリカ大会前まで指揮を執っていたU−20代表やU−23代表で成し遂げたこと、特に08年北京五輪での金メダル獲得という偉業だけで評価されることを望んでいない。だが、GMのビラルドは「彼の可能性を決定付けるのは、獲得した結果となるだろう」と主張する。つまり、バティスタとは逆の考えだということだ。

 この点において、われわれは考えをめぐらす必要がある。アルゼンチンはW杯準々決勝で敗退し、ビラルドは大会中にほとんど姿を現さなかった。にもかかわらず、ビラルドのGMとしての契約が更新されたなら、それはグロンドーナが、将来代表チームに何が起ころうとも、ビラルドに権限を与えたいと思っているからだ。新しい指揮官がGMと良い関係を築いているか、これこそが次期監督を読み解く鍵を握る。
 バティスタは、ビラルドが率いた86年と90年のW杯メンバーであり、サベージャとルッソはビラルドのもとでプレーはしているが、世界チャンピオンではない。ビアンチに至っては、ここ何年もビラルドとは付き合いがない。

 悲しいかな、彼らはサッカーにおける計画というものを決して語ることがない。アルゼンチンサッカー界に長年にわたりはびこる悪は、アイデアよりも名前に賭けてしまうことだ。

<了>

2/2ページ

著者プロフィール

アルゼンチン出身。1982年より記者として活動を始め、89年にブエノス・アイレス大学社会科学学部を卒業。99年には、バルセロナ大学でスポーツ社会学の博士号を取得した。著作に“El Negocio Del Futbol(フットボールビジネス)”、“Maradona - Rebelde Con Causa(マラドーナ、理由ある反抗)”、“El Deporte de Informar(情報伝達としてのスポーツ)”がある。ワールドカップは86年のメキシコ大会を皮切りに、以後すべての大会を取材。現在は、フリーのジャーナリストとして『スポーツナビ』のほか、独誌『キッカー』、アルゼンチン紙『ジョルナーダ』、デンマークのサッカー専門誌『ティップスブラーデット』、スウェーデン紙『アフトンブラーデット』、マドリーDPA(ドイツ通信社)、日本の『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント