矢野貴章が飛び込んだ欧州の舞台=フライブルクでのチャレンジ

中野吉之伴

厳しい環境に身を置いて

FWとして求められるのはやはり得点。矢野も「ゴールで示していかないと」と意識している 【Bongarts/Getty Images】

 フライブルクは、戦力的には常に自分たち主体の戦い方ができるわけではない小クラブだ。対戦相手、現在のチーム状況によってフォーメーションも選手もたびたび変わる。翌週のフランクフルト戦では戦術的な理由もあり、矢野の出場機会はなかった。9月22日のホームでのシャルケ04戦では1点を追う展開で67分から出場。試合に入るとすぐの69分には矢野も絡んでのパス回しから、最後はシセが同点ゴール。シュツットガルト戦の再現かとファンは熱狂するが、個人技から勝ち越しゴールを決められシャルケに勝ち越しを許してしまう。89分にはシセがヘディングで流したところに矢野が打点の高いヘディングシュートを放つも、わずかにゴール左へ。惜しくも及ばず、1−2で敗れた。

 シャルケ戦後には失点シーンでわずかに対応が遅れたDFがファンから非難された。日本とは比べ物にならないサポーターの厳しい目。矢野のヘディングシュートも今は「惜しかった」と評価されているが、数試合後には「何で決めないんだ」と批判の対象にもなりかねない。

「それはそれでやりがいがあること。応援してくれる人の中でやれることは幸せ。モチベーションになる。周りが何と言おうと自分がやらないといけない。自分のペースを崩さないで、今やるべきことを精いっぱい考えてやっていきたい。まあ、何を言われてもまだドイツ語はそんなに分からないし(笑)。継続が大事だと思う」

 フライブルクは昔からドイツのクラブにしては珍しくつなぐことを大事にしてきた。前監督のフィンケが作り上げた哲学を大事にしながら、現監督のドゥットはそれをベースにしつつ、勝負によりこだわりを見せたチーム作りをしている。今季からはさらに新しく「ライフキネティックトレーニング」というものを導入。ドゥット監督は、サッカーのトレーニングで技術・戦術・コンディションに関してはほぼすべて考え尽くされている、さらに鍛えるとしたらメンタルや動体視力、判断力といった部分だとし、週に約1回の頻度でトレーニングしている。

「いいんじゃないかなと思う。それだけでなくても、ほかのスポーツをして気付くこともあるし。やっぱりサッカーが一番いいなと思うこともあるし。いろんなことをやるというのは悪いことではないと思う。気分転換にもなるし。その練習がすぐに効果が出るかは分からないけど、コツコツやり続けていたらいいことがあるかもしれない」

「自分が得点を入れるシーン、チームが勝つ姿を見せたい」

 開幕6試合で3勝と過去最高のスタートを切ったフライブルクだが、矢野も実力を認められながらまだ戦力の1コマの域を出ないのが現状だ。FWとして求められるものはやはり何よりも得点。そして得点を生むためにはシュートを打たなければならない。シュートを打つためにはシュートが打てるエリアでパスをもらわなければならない。いい位置でパスをもらうためには自分の動き出しやタイミングを知ってもらうことと、チームのプレースタイルを感じることが大切だ。

「(自分のプレーがどれだけ通用するのか)まだ分からない。通用しないとは思わないし、やれるという自信もあるけど、長い時間出場してみて、というのもある。ゴールという数字でしか結果に残らないし、それで示していかないといけない。でも周りの選手のために動いてあげるとかプレーするというのは自分の特徴だと思うから、自分のいいところを出しながらやらないとと思う。
 でもサッカーをやっていたら、勝たないと面白くないし、意味がないと思う。一番は勝ちたいという思いが強い。勝つためには点を取らないといけない。誰が取るのとなると、FWの選手が取るべきということになる。勝つということが一番大事。どんなにいいプレーをしても勝たないと評価されないし、注目もされない」

 何も知らずに飛び込んだフライブルクというクラブには、家族的な雰囲気と居心地の良さがあった。町はドイツで最も温暖な気候で、歴史ある旧市街には水路が流れ、ドイツ随一の住みやすさだと言われる。ファンもどこか穏やかだ。

「(このクラブに来れて良かったというのは)それは本当に間違いない。オファーを出してくれたことはうれしいことだし、感謝している。そのためにもこのチームで結果を残さなければならないと思う。チームメートも受け入れてくれたし、そういう意味でこの1カ月楽しくできているというのもある。サッカーができているのかなというのはある。だからこそ試合に出なきゃいけないと思うし、これだけ素晴らしい環境で素晴らしいスタジアムでたくさんのサポートの中でできるというのはサッカー選手として最高。応援してくれている人たちのためにも自分が得点を入れるシーンとかチームが勝つ姿をたくさん見せたいと思う」

 このクラブから多くの選手が育っていった。現在ドルトムントでキャプテンを務める元ドイツ代表のセバスティアン・ケール、ハンブルガーSVの右サイドを疾走するブルキナファソ代表のヨナサン・ピトロイパ、同じくハンブルガーSVでドイツ代表左サイドバックのデニス・アオゴ、ボルフスブルクのドイツ代表右サイドバックのサシャ・リーターら。チャンスを生かすためには、チャンスが来た時にそれを生かせるだけの実力を身につけていなければならない。まだスタメンに定着していない矢野をこうした前任者たちと照らし合わせるのはまだ早いのかもしれないが、周囲に踊らされずに、ひたむきにポジティブに自分の進むべき道を歩んでいく彼の姿を見ていると、いずれこのクラブでも結果を引き寄せるのではないかと思う。

<了>

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著者プロフィール

1977年7月27日秋田生まれ。武蔵大学人文学部欧米文化学科卒業後、育成層指導のエキスパートになるためにドイツへ。地域に密着したアマチュアチームで経験を積みながら、2009年7月にドイツサッカー協会公認A級ライセンス獲得(UEFA−Aレベル)。SCフライブルクU15チームで研修を積み、016/17シーズンからドイツU15・4部リーグ所属FCアウゲンで監督を務める。「ドイツ流タテの突破力」(池田書店)監修、「世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書」(カンゼン)執筆。最近は日本で「グラスルーツ指導者育成」「保護者や子供のサッカーとの向き合い方」「地域での相互ネットワーク構築」をテーマに、実際に現地に足を運んで様々な活動をしている。

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