ナダルとフェデラー、史上最高の選手はどちらなのか?=全米テニス

内田暁

ジョコビッチも奮闘したが……

フェデラーを破り、決勝の舞台に立ったジョコビッチ。これまで以上の力を発揮したが…… 【Getty Images】

 フェデラーを破ったジョコビッチにしてみれば、落胆している周囲の空気は、さぞ不本意だったろう。彼自身、「生涯、ずっと覚えているに違いない」という程の名勝負をフェデラーと繰り広げ、3年ぶりに戻ってきた頂上決戦の場である。土曜日の準決勝で3時間44分の熱戦を制したジョコビッチにしてみれば、月曜日への順延はまさしく、恵みの雨。トロフィーに対する渇望感は、ナダルに決して引けをとらなかったはずだ。
 そのことは、決勝戦の最初のポイントからも明白だった。これまで「守備的すぎる」と揶揄(やゆ)されがちだった彼が、チャンスと見るやすぐさまネットに詰めて果敢に攻める。ナダルの脅威的な瞬発力と脚力がその猛攻を再三しのぐが、最後はフォアハンドの強打でウイナーを奪取。開始わずか1分ほどで、見る者を一挙に試合へと引き込んだ。

 だが、攻撃的ということにかけては、この日のナダルは、ジョコビッチ以上だった。基本的にナダルは、鉄壁の守備であらゆる球を拾いきり、スピンをかけた重いショットで相手のミスを引き起すタイプの選手だ。その彼が、この日は最初から攻めに攻めた。フォアハンドから繰り出される強打は、ターゲットをロックしたミサイルのように、大きく弧を描き相手コートのコーナーを捕え続ける。バックハンドからの打球は、直線的な弾道でコートを切り裂く。雨による中断を挟んだ第2セットこそ、やや集中力が落ちたかセットを失ったが、それ以外は完ぺきと言ってよい内容で奪いきる。ジョコビッチが悪かったのではない。彼は、フェデラーを破った時と同等のパフォーマンスを見せた。だが、世界1位の男が、それを上回ったのだ。

ナダルにとってのフェデラーとは

クレーの王者から真の王者へ――。階段を上り続けるナダルには、それでもなお追いかけ続ける“背中”がある 【Getty Images】

 試合が終わり、ナダルがフェデラーに次ぐキャリアグランドスラム達成者となってからも、例の議題は続く。
「まだ、フェデラーの方があなたより上だと思っているか?」
 全米オープン優勝者として行った最初の会見でそう聞かれると、彼はいつもと同じ回答を繰り返した。
「僕とロジャーの、どちらが上かなんて議論はばかげているよ。タイトル数が、全てを物語っているじゃないか」
 つまりは、16個のグランドスラムタイトルを持つフェデラーは、自身より遥かに上だと。
 ナダルはこうも続ける。
「ロジャーは僕にとって、最高のお手本なんだ。僕と彼はプレースタイルは全く異なるけれど、彼は常により上にいこうと努力し、実際にそうしている。僕はそんな彼を見習おうとしてるんだ」

 常に自分の先を行くライバルが居て、その背を追い、彼を模範とすることで、ここまで来た。また“クレーの王者”と呼ばれたナダルは、フェデラーという圧倒的な芝のチャンピオンが居たからこそ芝でのプレーに研鑽を掛け、ウィンブルドンを取ることができたとも言える。その意味では、今回のキャリアグランドスラムの快挙も、フェデラーの存在があったからこそ成し得た物だと言えるかもしれない。

 ナダルとフェデラー、どちらが史上最高か――? 尽きぬ質問を繰り返す記者たちを見渡し、困惑したような笑顔でナダルは言う。

「16という数字は、僕にとってまだまだ考えも及ばぬ先の話しだよ。僕の目標はいつだって一緒さ。健康で居て、上達し続けること」

 上達し続けること……とは多くの選手が口にする目標だが、ナダルほどその言葉を、忠実に実践している人も珍しい。そしてその上達の先には、やはり、史上最高の文字がちらついてしまう。
 外野の喧騒にナダルは困惑するかもしれないし、フェデラーは今後、居心地の悪い思いをするかもしれない。だが一つはっきりしているのは、この二人のライバル関係は、テニス史上最高のものだということだ。
 そして、その二人と同じ時代に居合わせたため、あれこれ論争を交わすことができる特権を、周囲はまだしばらく堪能し続けることだろう。

<了>

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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