公式球ジャブラニと“低スペクタクル”=問われる進化系ボールの是非

豊福晋

苦しんだメッシ、C・ロナウドら各国のエース

今大会、無得点に終わったメッシ(右)をなぐさめるマラドーナ監督。「ボールの影響はあった」 【Photo:Action Images/アフロ】

 今ワールドカップ(W杯)中、南アフリカを周っていて多くの人の口から聞いたのが「エキサイティングなゴールが少ない」という声だった。考えてみると、確かに今大会は華麗な個人技からの得点も、驚くようなミドルシュートも少ない。もちろんその中でも、開幕戦でのシフィウェ・チャバララ(南アフリカ)や、ウルグアイ戦でのファン・ブロンクホルスト(オランダ)のゴールなど、インパクトのある一発はあった。しかし、過去の大会と比較すると、スペクタクル度においては低調だった感は否めない。

 その要因の一つとして挙げられているのが、公式球ジャブラニの影響である。アルゼンチン代表監督のディエゴ・マラドーナのコメントが興味深い。彼はドイツに0−4で敗れて大会を去る時、リオネル・メッシが大会無得点で終わったことについて次のように語っている。
「やはりボールの影響があったのだと思う」
 メッシは出場した5試合で多くのシュートを放った。右サイドから中央に切れ込み、左足で巻いてゴールの隅を狙ったり、中央突破からペナルティーエリア内に侵入して放つ場面もあった。それがボールの影響なのかは分からない。しかし、バルセロナでは確実に決めているような、彼の“形”からのシュートも、ぎりぎりのところでGKにセーブされていた。インパクトの瞬間に生じていた微妙なズレ。マラドーナもそれを感じ取ったのだろう。

 ジャブラニというボールが実に扱いにくいものであることは、そのほかの多くの選手も証言し、そしてプレーでも実証されている。まず、フリーキックが入らなかった。ポルトガルのクリスティアーノ・ロナウドは4試合で持ち味のブレ球フリーキックに何度もトライした。しかし、そのほとんどが枠を大きく外れ、不満そうに天を仰ぐ姿ばかりが目に付いた。ブラジルのダニエウ・アウベスもしかり。前述のメッシも含め、世界の名手たちが首をかしげる姿は今大会の印象的なシーンの一つだ。
 複数の選手が「感触がビーチボールに似ている」と語っているように、ジャブラニはこれまでのボールと比べると、ゴムまりに近い性質をしている。そこにあるのは完全な球体で、表面に小さな突起は加工されているものの、縫い目による溝もない。これまでのボールよりも蹴った際に浮きやすく、それが大きく枠を外れるシーンが目立った理由だ。

 今年2月までカメルーン代表のGKコーチを務め、今大会はメキシコのテレビ局の解説をしたトーマス・ヌコノ氏は次のように語っている。
「あのボールは本当に処理しにくい。回転や軌道が読めないし、GKにとってもストライカーにとっても厄介だね。慣れるまでには相当時間がかかるだろう。それに今大会はもう一つの問題があった。それが南アフリカの高度だ。気圧の関係で、ボールのスピードも変わる。選手たちが苦しんだのは慣れないボールに、南アフリカの高度が加わったからだろう」

FIFA事務局長「意見を聞く耳がある」

物議を醸した今大会の公式球ジャブラニ 【Photo:アフロ】

 そんな難しい条件の中、デンマーク戦で約35メートルのフリーキックを決めた本田圭佑は見事としか言いようがない。あのゴールで、それまでのジャブラニに対する批判が少し収まったのも事実だ。
 各国の報道も同じだ。英紙『サン』は「日本人はジャブラニが好きなようだ」とし、『デイリー・テレグラフ』は「Jリーグではジャブラニが使用されており、日本人がジャブラニに慣れていたから」と、本田と遠藤保仁がFKを決めた理由を分析している。

 ただ、それでもボールに対する不満の声は最後まで変わらなかった。FIFA(国際サッカー連盟)のジェローム・バルク事務局長も「われわれは聞く耳がある。FIFAがボールについての意見を聞かないわけではない」と今後の改良の可能性も示唆している。大会後にFIFAは各国協会や選手と会合を持ち、製造元のアディダスと新ボールについて協議がなされるそうだ。ボール一つにこれほど批判が出たわけである。将来的に何らかの変更が加えられるのは間違いないだろう。
 FIFAとしても、フリーキックやミドルシュートからのゴールが減り、サッカー全体の得点減少につながるのは最も避けたいところ。元々、ボールに科学技術を詰め込み始めた最大の理由が得点増のためであったことを考えると、本末転倒でもある。

減少しつつある昔ながらの一本

 今回のジャブラニに象徴されるように、ボールに関してはさまざまな意見があるが、筆者はボールの進化に対しては大反対である。できれば10年以上前のレベルのボールに戻してほしいとさえ思っている。ボールのゴムまり化によって生まれた“ブレ球”は確かに魅力的ではある。最先端科学技術の詰まった“進化系ボール”でなければ生まれないゴールもたくさんある。
 しかし、ブレ球によるゴールにはどうしても偶然という要素が大きく関わってくる。蹴った本人さえもどこへ飛んでいくか分からない。大体の位置を狙い、うまくインパクトすれば、あとはボールが勝手に変化してくれる。
 右か左に。あるいは急激に下に――。

 もちろん進化系ボールであれば誰でもそんなキックができるわけではないし、ブレ球をものにするには相当な練習を必要とする。だが、これは好みの問題かもしれないが、筆者はそんなキックにはそれほど魅力を感じない。以前のフリーキックは、それこそ技術の集結だった。ジーコやミシェル・プラティニ、マラドーナにロベルト・バッジョらは、ボールに意思でも宿すかのように、とても器用に軌道を曲げ、ゴールの隅を狙った。縫い目の消えた現在のボールでは、空気摩擦が減るためカーブもかかりにくい。かつての名手が見せたような、足に引っ掛け華麗に曲げるキックは明らかに減っているのである。C・ロナウドのキックも、本田のキックも確かに素晴らしい。
 しかし、その一方で減少しつつある昔ながらの1本があることも確かなのだ。

<了>
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著者プロフィール

ライター、翻訳家。1979年福岡県生まれ。2001年のミラノ留学を経てライターとしてのキャリアをスタート。イタリア、スコットランド、スペインと移り住み現在はバルセロナ在住。5カ国語を駆使しサッカーとその周辺を取材し、『スポーツグラフィック・ナンバー』(文藝春秋)など多数の媒体に執筆、翻訳。近著『欧州 旅するフットボール』(双葉社)がサッカー本大賞2020を受賞。

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