機能しないスペイン、シャビのポジションに異議あり=データが証明するシステム・戦術のミス

小澤一郎

戦術的問題はダブルボランチ

スペインが機能しない理由は、司令塔シャビのポジションにある 【(C) FIFA/FIFA via Getty Image】

「わたしはそれほど楽観的ではない。スペインの強みはボールポゼッションにあるが、もしポルトガルがスペインからうまくボールを奪うことができれば、簡単とは言わないまでも比較的楽に勝つオプションを手にするだろう」

 ポルトガルとの試合を前に、今スペイン国内ではこの発言が大きな波紋を呼んでいる。これは、ポルトガルのテレビ局の取材に応じたルイス・アラゴネス前代表監督の見解だ。加えて、「今のスペインは、(ユーロ=欧州選手権=2008優勝のときと)ほぼ同じチームだが、大会の入り方が良くなかった。ボールとポゼッションのスピードが足りない」とグループリーグで苦しんだスペインを分析している。

 初戦のスイス戦に敗れた後のアラゴネス氏の発言は、前回のコラムでお伝えした通りだが、第2戦以降も「この内容では、勝ち進めない」といった批判を続けている。一部メディアは、代表の足を引っ張るような“口撃”をやめないアラゴネス氏を「非国民」呼ばわりしているが、この一連の発言は「ご都合主義な恨み節」で済ませられるものではないだろう。なぜなら、グループリーグ3試合を見れば、今のスペインが機能していないのは明らかだからだ。

 国内で指摘されている問題点は、大きく分けて2つ。1つは、コンディションの悪さで、もう1つはシステム・戦術上の問題だ。コンディション面については、選手に長いシーズンの疲れがたまっていること、セスク、フェルナンド・トーレス、イニエスタらシーズン中のけがを引きずり万全の状態ではない主力を抱えていることなど、検証するまでもない厳然たる事実であるので詳しい言及は避けたい。今回は、グループリーグ3試合で浮き彫りとなったシステム・戦術上の問題をフォーカスすることにする。

 戦術的問題とは、初戦後にアラゴネス氏が指摘していたブスケッツとシャビ・アロンソのダブルボランチにある。この2人のパフォーマンスと貢献度については、申し分ないレベルで、ブスケッツはデルボスケ監督に「わたしが現役のサッカー選手なら、彼のような選手を目標とするだろう」と絶賛され、シャビ・アロンソはチリ戦で負傷交代したにもかかわらず現在チームナンバーワンの走破距離(32.19キロ)を誇る。共にミスも少なく、パス成功率はブスケッツが88%、シャビ・アロンソが81%と高い数字を残している。ただし、好調のダブルボランチの影で存在感を発揮できずにいるのが司令塔であり、スペインの頭脳であるシャビだ。

トップ下ではシャビの良さが消えてしまう

 現在のスペインのシステムは、4−1−4−1、4−3−3という見方もあるだろうが、多くの時間でシャビがトップ下に位置する4−2−3−1となっている。シャビ本来のポジションはボランチであり、低い位置でボールを受けて攻撃を組み立てるプレーを得意とするため、トップ下でのプレーは彼とスペインの良さを消しているというのが国内のサッカー関係者に多い意見で、それにはわたしも同意している。
 27日には、一般紙『エル・ペリオディコ』で、ご意見番のヨハン・クライフ氏が「ダブルボランチがスペインを殺している」という見出しのコラムを書いている。そこでは、「デルボスケ監督がシャビ・アロンソとブスケッツのダブルボランチを使いたい気持ちは分からないでもないが、その起用がチームにとってマイナスとなっている」との批判が出ていた。

 シャビ自身は、こうした批判や意見に対して事あるごとに、「今のポジション(トップ下)でのプレーには、問題も違和感もない」「予選や直近の親善試合でもずっとこのポジションでプレーしてきた」と反論している。ただし、今大会のシャビのパス成功率は、78%と彼にしては極端に低い(ユーロ2008では89%だった)。シャビを徹底的にマークすることが対スペイン戦術のキーファクターとなっていることを差し引いても、チーム平均の80%を切る数字はシャビのみならず、スペインのパスサッカーが機能していないことを雄弁に物語っている。

 運動量豊富で頭の回転の速いシャビは、試合状況や相手マークの強度によってポジショニングを変幻自在に変えることのできる選手だ。しかし、中盤の底にブスケッツとシャビ・アロンソの2人がいることで、低い位置に下がってDFからパスを受けることができずにいるのは、これまたデータが指摘している。シャビに対して最もパスを供給している選手の上位2人が、シャビ・アロンソ(40本)とブスケッツ(30本)で、DF4選手からのパスは合計で73本にとどまっている。パスを受けるゾーンを見ても、ハーフウエーラインを越えた半円のあるエリアが最多の51本となっており、自陣側半円のあるエリアの32本を大きく引き離している。
 こうした状況でも、シャビはチームで最も多くボールをさばいている選手で、データ上トータルパスの本数はチーム1位の263本。マークが厳しく、レススペース(スペースに余裕がない)のトップ下で何とかパスは受けているものの、さすがのシャビでもバイタルエリアになるとパスミスやボール喪失を犯しているというのが一連のデータから分かる現状分析だ。

 スペインらしいスピードの緩急がある華麗なパスサッカーを見せるためには、ダブルボランチがいることによりシャビが中盤の底に下がれない戦術的問題を修正する必要がある。ユーロ2008の決勝(対ドイツ)で決勝点を奪ったトーレスにスルーパスを送ったのはシャビだが、パスに至る前の場面ではまずシャビがアンカーのセナより低い位置に入ってDFのマルチェナからパスを受けている。相手に囲まれたことで再びマルチェナにボールを戻したシャビは、ドイツの注意が自分からそれると見るや否や、スルスルと上がりバイタルエリアでボールを受けてトーレスに絶妙のラストパスを出している。
 このシーンのように、シャビの怖さとは一度低い位置でボールを受け、マークや相手の注意を引きつけておいてから決定的仕事のできる中盤の高い位置でボールを受け直すところにある。今のように始めからトップ下のポジションにいると、常に相手のマークと注意下に置かれるため、ボールを受ける、さばくことはできても、前を向いて効果的、決定的な仕事をすることは難しい。

トーレスを外してシルバを入れるべき

現状を打開するには、調子の上がらないトーレスを外した方がいい 【(C) FIFA/FIFA via Getty Image】

 具体的な修正案だが、アラゴネス氏やクライフ氏の指摘通り、ボランチを1枚削ってシャビをそのポジションに下げるのも1つだが、一貫してダブルボランチにこだわってきたデルボスケ監督が決勝トーナメントに入ったこのタイミングで思い切った決断を下すとは考え難い。
 よって、最も現実的な案としてはコンディション・調子の悪いトーレスを外して、ビジャをトップに置き、サイドにシルバを入れるオプションだろう。シャビは変わらずトップ下でのプレーを強いられることになるが、イニエスタ、シルバが流動的に動きスペースとパスコースを作り出すことで、シャビへのマーク、注意は軽減される。セスクの先発を望む声も多いが、けが明けのコンディションやダブルボランチを前提とすると、サイドでもセンターでも器用にプレーできるシルバの方がベターだ。

 トーレスのスピード、高さ、大舞台での勝負強さは魅力だが、今のスペインには「まだ万全ではないけれど、試合ごとに調子が上がっている」と悠長に語る彼の復調を待つ余裕はない。今大会ここまでまだ無得点なのは致し方ないとしても、3試合で11本のシュートを打ちながら枠内シュート1本、パス成功率45%(チームワースト)という数字は先発から外すに十分な理由ではないか。いずれにせよ、デルボスケ監督が本気で優勝を狙っていくとすれば、ダブルボランチを1枚削るかトーレスを外すかして、本来のシャビ、そして本来のスペインサッカーを取り戻さなければならない。
 もしかするとポルトガル戦で事態が好転し、これまで通りのシステムと戦術が機能し始め、トーレスが突如爆発、なんてことがあるかもしれない。だからこそサッカーは奥が深く面白いのだが、グループリーグ3試合を見る限り、わたしもアラゴネス氏同様にそれほど楽観的ではいられない。

<了>
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著者プロフィール

1977年、京都府生まれ。サッカージャーナリスト。早稲田大学教育学部卒業後、社会 人経験を経て渡西。バレンシアで5年間活動し、2010年に帰国。日本とスペインで育 成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論やインタビューを得意とする。 多数の専門媒体に寄稿する傍ら、欧州サッカーの試合解説もこなす。著書に『サッカ ーで日本一、勉強で東大現役合格 國學院久我山サッカー部の挑戦』(洋泉社)、『サ ッカー日本代表の育て方』(朝日新聞出版)、『サッカー選手の正しい売り方』(カ ンゼン)、『スペインサッカーの神髄』(ガイドワークス)、訳書に『ネイマール 若 き英雄』(実業之日本社)、『SHOW ME THE MONEY! ビジネスを勝利に導くFCバルセロ ナのマーケティング実践講座』(ソル・メディア)、構成書に『サッカー 新しい守備 の教科書』(カンゼン)など。株式会社アレナトーレ所属。

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