次世代の全日本エース候補、21歳八子大輔=バレーボール

田中夕子

「主役になれる選手」

未来の全日本エース候補、八子大輔。悩み、模索し、支えられ、成長の階段を上っている。写真は東海大所属で参加した黒鷲旗でのもの 【坂本清】

 八子大輔(東海大)にトスが上がるだけで、会場は歓声に包まれた。
「アイツは主役になれる選手なんです」
 トスを上げた深津旭弘(JT)は、「オーラが違う」と苦笑いを浮かべながら、1つ下の八子を称えた。

 6月18日から20日まで、福岡市民体育館で開催されたアジア太平洋カップ。中国、韓国、タイ、日本の4カ国による対抗戦で18歳から24歳までの若いメンバーが主体となる大会。各国とも次世代のスター候補が集う中で、やはり主役は八子だった。
 1メートル94センチの高さを生かした攻撃力は、高校時代から同世代の中で群を抜いていた。深谷高の絶対的エースとして、春高バレーで連覇を達成し、インターハイも制した。当時の高校バレー界では、押しも押されもせぬスーパースター。八子の1つ下で、東海大浦安高2年時の関東大会で深谷と対戦したことのある安永拓弥(東海大)に、今も残る、鮮烈な記憶。
「体育館内で3面のコートがあって、同時に試合をしているのに、みんなが僕らの試合だけを見ているんです。『おれら、弱いと思っていたけど結構注目されているな』と思ったら、みんな八子さんを見に来ていただけでした」
 
 東海大に入学後はセンターも経験。高校まではレフトプレーヤーとして高いトスを打つだけだったが、センターでクイックも打つようになったことでスパイク動作に速さが加わった。再びレフトに戻ってからも経験が奏功し、速いトスに対応できるようになり、攻撃の幅がさらに広がった。
 技術面に加えて、もう1つ積極的に取り組んできたことがある。
 昨秋のワールドグランドチャンピオンズカップで代表メンバーに初選出されながら、直前のケガで満足なプレーができずに終わったように、これまでケガで泣かされたことは一度や二度ではない。世界で戦うためには、まず体づくりから。今春には同世代の選手5人とナショナルトレーニングセンターで短期間のトレーニング合宿を敢行。ランジウオークやスクワットなど、股(こ)関節や肩甲骨、体幹部をターゲットにした地道なトレーニングを重ねた結果、体全体の筋量が大幅に増えた。体幹を鍛えて軸がつくれるようになり、攻撃面だけでなく守備面でも安定感が増し、サーブレシーブを受けてからの攻撃も、以前よりスムーズに入れるようになった。
 本来持ち合わせていた打点の高さとスパイク技術に、パワーとスピードが加わった。アジア太平洋カップでトスを上げながら、深津は八子の進化を実感していた。
「パイプ(センターからの高速バックアタック)が速くなったし、サーブレシーブも安定した。見るたびに成長を感じます」

キャプテン就任での、心持ちの変化

東海大ではキャプテンを務める八子。その立場が、八子の考えに変化をもたらした 【坂本清】

 一見すれば、エリート街道を突っ走ってきたように見える。
 そして、これから先もエースとして、新たなエリート街道を走り続けるだろうと想像することは、そう難しいことではない。
 だが、八子自身には高校時代からエースの称号を背負い続けたからこその苦悩もあった。
「去年ぐらいまでは“エースなんだから決めなきゃ”という気持ちを常に持っていました。でも、そういう気持ちが強すぎて、1本1本、決まらないことに一喜一憂して、チームのムードを悪くしてしまったこともあったんです」
 転機を迎えたのは、大学4年になり、キャプテンに就任してから。チームを一つにまとめるためには、ただ点を取ればいいというわけではない。東海大での日々の練習で、「チーム一丸で戦う」意味を、積山和明監督に一からたたき込まれた。「自分が決めなきゃ」という気負いは徐々に消え、コート内で積極的に声を出し、上がったボールはなりふり構わず追いかける八子の姿が目立つようになった。
「後輩から『八子さんは特別だから』と思われるのは嫌。つなぎとか、守備とか、そういうところから盛り上げられる存在になりたいんです」

 アジア太平洋カップ最終日。ここまで2敗のタイを相手に、2戦2勝の日本はどこか集中力も散漫で、雰囲気も沈んでいた。
 1セットを先取された第2セット中盤、12−11で日本が1点をリードした場面。リベロの坂梨朋彦(堺)が上げたボールを、八子が追いかけボールをつなぐ。そのまま壁に激突したが、右手で指差しながら後方から叫ぶ、八子の声が響いた。
「上がった!」
 懸命のレシーブも、攻撃まではつながらずタイが12点目を得た。しかし、試合の中で一番の盛り上がりを見せたシーンは、間違いなくこのときだった。

 そういえば、深津はこうも言っていた。
「八子は周りを生かすことも、つなぐこともできるんです。でもそれは意識しなくても、アイツは自然にできているし、これからもっと細かいことまでできるようになる。だから今は、ガンガン打てばいいんですよ。主役になれるヤツなんて、そういないですから」
 周囲の評価ほど、確かなものはない。ましてや司令塔の言葉なら、なおさらだ。
 次世代のエース候補、八子大輔。21歳。
「9月の世界選手権に出たい。出るだけではなく、中心になって、活躍したいです」
 “候補”が取れる日は、そう遠くないはずだ。

<了>
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著者プロフィール

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に『高校バレーは頭脳が9割』(日本文化出版)。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)、『青春サプリ』(ポプラ社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した『当たり前の積み重ねが本物になる』『凡事徹底 前橋育英高校野球部で教え続けていること』(カンゼン)などで構成を担当

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