イングランド敗戦の陰に潜むプレミアの問題点=東本貢司の「プレミアム・コラム」

東本貢司

カネ太りと行き過ぎた国際化

イングランドは前半37分にアップソンのゴールで1点差に詰め寄った 【ロイター】

 しかし、そんな情報戦うんぬんなど瑣末(さまつ)なサブテキスト、エピソードでしかない。ドイツのドン、フランツ・ベッケンバウアーは、イングランドの「意外なもたつき」と「工夫のない戦術」を批判しつつ、ベスト16で相まみえる「もったいなさ」に言及していたものだが、では、もし仮にその相手がガーナになっていたら、何か違いはあっただろうか。いや、おそらく、米国戦のガーナの火の出るような戦いぶりを振り返る限り、イングランドはドイツ戦とどっこいどっこい、良くて五分ぎりぎりの苦戦を強いられていたと思う。

 その背景に連なる根拠こそ、冒頭に述べた「プレミアリーグのあり方」に関する問題であり、それは母国のファンも折に触れて指摘してきたことなのだ。
 案の定、メディアに噴出し始めたカペッロ更迭論に反発するように、多くのファンが訴える、その内容を要約すると次のようになる。
「すべての元凶は代表プレーヤーたち当人にある。経緯・事情はどうあれ、世界で最もリッチだと自他共に許すプレミアリーグに安住して“甘やかされてきた”彼らスターたちは、もはや石にしがみついても勝とうとする闘志をかき立てられない体質になっている。そこへもって、この10年間余り、常に、ユーロ(欧州選手権)2008本大会出場を逸してもなお、優勝候補だと持ち上げられてきて、実質的に危機感が空疎なままの自信だけでやってきた」
「また、そのプレミアリーグそのもののレベルも、今や総数で国産陣を上回りつつあるといわれる外国人プレーヤーに依存して維持されているにすぎない」

 要するに、カネ太りと行き過ぎた国際化が、えり抜きの精鋭に違いないはずの代表プレーヤーから「全力を尽くして(国際トーナメントで)勝つ意志」と「ここぞというときのバイタリティー」を殺いでしまっているというのだ。別に目新しい議論でも何でもない。これまでも、ワールドカップやユーロで挫折するたびに叫ばれてきた、定番の理屈。
 断っておくが、一方で、そう叫ぶ人々の多く(筆者も含めて)でさえ、今大会の優勝の可能性に大きな期待を寄せていたのも事実なのだ。つまり、「その実力は紛れもなくあるはずなのに、またしてもそれを発揮できなかった」のが悔しく、また腹立たしいのである。

スピリットこそイングランドの本質

キャプテンとして最後まで戦ったジェラード(右) 【Getty Images】

 そこで、もう手をこまねいている場合じゃない、外国人プレーヤー流入の制限と、報酬についてもサラリーキャップ制(クラブ単位でプレーヤー報酬総額の上限を設けるシステム)の導入を真剣に検討せよ、というわけだ。このことは、はばかりながら筆者も、チャンピオンズリーグ偏重への疑問とともに、この10年近く折に触れて述べてきた。
 苦戦にあっても片時も弛まず、熱く激しく、きびきびとしたボールさばきと連続攻撃を仕掛けるチリ、パラグァイ、ウルグァイ、そのウルグァイを苦しめた韓国、アルゼンチンをたじたじとさせたメキシコ、そして若きドイツらの、それらパフォーマンスの半分でもイングランドに乗り移っていたならば……そう思わないイングランドファンはおそらくいないだろう。スタイルの違い? いいや、スピリットの問題なのだ。スピリット、それこそイングランドのプライドとアイデンティティーではなかったか。

 今、思わずにはいられない。90年代以降、イングランドが持ち前のスピリットを全開させた最後の試合、それはあの98年の準々決勝、ベッカムが自らを退場に追いやるほどの“炎”をたぎらせたことも含めての、アルゼンチンとの歴史的激戦だった。それには及ばずとも、2002年の札幌ドームも燃えた。三度(みたび)の激突に敢然と挑む道を閉ざされてしまったこの現実だけが、今、ひとえに悔やまれてならない。

<了>

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著者プロフィール

1953年生まれ。イングランドの古都バース在パブリックスクールで青春時代を送る。ジョージ・ベスト、ボビー・チャールトン、ケヴィン・キーガンらの全盛期を目の当たりにしてイングランド・フットボールの虜に。Jリーグ発足時からフットボール・ジャーナリズムにかかわり、関連翻訳・執筆を通して一貫してフットボールの“ハート”にこだわる。近刊に『マンチェスター・ユナイテッド・クロニクル』(カンゼン)、 『マンU〜世界で最も愛され、最も嫌われるクラブ』(NHK出版)、『ヴェンゲル・コード』(カンゼン)。

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