日本代表の冒険は続く=宇都宮徹壱の日々是世界杯2010(6月24日@ルステンブルク)

宇都宮徹壱

日本がデンマークに圧勝した3つのポイント

FKを決めた遠藤(中央)を祝福する選手たち 【(C) FIFA/FIFA via Getty Image】

 日本がデンマークに3−1で圧勝したこの試合については、今さらありきたりのレビューを書く必要もないだろう。ここでは、勝因となるポイントを3点抽出して振り返ることにしたい。すなわち(1)序盤での守備の修正、(2)FKによる2つのゴール、そして(3)パワープレーへの対応、である。それぞれ具体的に見てみよう。

 まず(1)について。序盤のデンマークは、日本のディフェンスラインの間を突くようなパスを多用して揺さぶりをかけ、早い時間帯での先制点を目指していた。とりわけトップ下のトマソンは、神出鬼没にチャンスに絡む働きを見せ、たびたびフリーの状態からシュートやクロスを放つシーンが目立っていた。岡田監督は当初、あえて攻撃的に試合を進めるべく、久々に4−2−3−1のシステムにしたようだが、すぐにトマソンを捕捉するべくボランチを3枚に変更するシステムに変更する。以下、長谷部の証言。

「前半、トマソンに走られてチャンスを作られていたんで、そこを阿部ちゃんと僕とやっとさんとで、ゾーンに入ってきた選手に(マークに)つくという感じで、そのへんの受け渡しはしっかりできていたと思います」

 こうして序盤の相手の猛攻をしのいだ日本は(2)によって、さらに優位に試合を進めることとなる。1本目は17分の本田の左足によるブレ球キックによるゴール。そして30分には、遠藤の右足から繰り出された会心のゴール(本人いわく「蹴った瞬間に入ったと思った」のだそうだ)。W杯の舞台で、2本連続でFKが直接決まる(しかも異なる選手で)というのは、ちょっと記憶にない。しかも今大会は、多くのキックの名手たちが今大会の公式試合球「ジャブラニ」の扱いに難儀しており、ここまでに狙って直接FKを決めたのは、韓国のパク・チュヨンしかいなかったのだ。ことプレースキックの技術に関しては、日本は世界に誇ってよいように思う。

 そして(3)。後半に入るとデンマークベンチは、センターバックのクロルドルップを下げて3バックとし、代わって194センチのラルセンを投入。前線をトマソン、ベントナー、ロンメダール、そしてラルセンを加えた4枚とし、パワープレーで何とか日本のゴールをこじ開けようとする。だが、こうした戦術の変更もまた、日本守備陣には織り込み済みで、中澤は「18番(ラルセン)が入って来て、長いボールを蹴ってくるというのはスカウティングできていた。『来たか』というより『仕事が増えたな』という感じだった」と語っている。ここから日本は、中澤と闘莉王のセンターバックコンビが空中戦で奮闘し、セカンドボールを周囲の選手が拾いまくることで、ほとんどの危機を未然に防ぐことに成功。時おり遠めから放たれるミドルシュートに対しては、川島が目の覚めるようなファインセーブを連発し、失点をPKによる1点に抑えた。

 このパワープレーに対する選手たちの対応について、岡田監督は「彼らは自分たちで判断して相手が(前線)4枚になってきたら長谷部と(阿部の)2枚を下げて、自分たちで話し合って対応していた」と語っている。今日の勝因については、どうしても派手なゴールシーンの方に目を奪われがちだが、こうした試合を追うごとに熟成されていく守備陣の成長ぶりについても、もっと評価されてしかるべきであろう。

日本代表の冒険は、まだしばらく続く

選手入場とともにスタンドに掲げられた日の丸のビッグフラッグ。遠く日本から運んでくれたサポーターに感謝! 【宇都宮徹壱】

 かくして日本は、この日2−1でカメルーンに勝利したオランダに次ぐ2位で、グループEを見事に突破。今月29日にベスト8進出を懸けて、プレトリアでパラグアイと対戦する――と、こうして文章にしている今も、何だか夢の中にいるような気がしてならない。日本がグループリーグで勝ち点6? しかも欧州予選でポルトガルを蹴落としたデンマークに3ゴール? まさに信じられない状況が、私たちの目前で進行しているのである。いきなり目覚まし時計のベルが鳴って、この甘美な状況が雲散霧消してしまうのではないかと、今でも半分くらいは本気で思っている。

 かくして冒頭で述べたとおり、日本はおよそ半年にわたる「グループE問題」を見事にクリアしたのである。カメルーンに1−0、オランダに0−1、そしてデンマークに3−1――そして今後は、勝ち進むたびに新たな強豪と相対することになる。次のパラグアイについては、国内での親善試合では何度か手合わせしたことがあるが、純然たる公式戦では1999年のコパ・アメリカ(南米選手権)以来の顔合わせ。この時は0−4と大敗を喫している。あれから11年。日本と南米との力の差がどれだけ縮まったのかを測る意味でも、極めて重要な一戦となることは間違いないだろう。

 とはいえ、試合から一夜明けた1日だけは、この勝利の余韻に浸っていてもよいだろう。私は今、この原稿を執筆しながら、遠い日本のことを想像している。今ごろ自他ともに認めるサッカーファンのあなたは、眠い目をこすりながら学校や職場に向かっていることだろう。そしてクラスメートや同僚から「日本、すげえな!」とか「本田って、なんであんなキックが蹴れるの?」といった賞賛やら質問やらを一度に浴びせられて戸惑っていることだろう。そして、ほんの1カ月前までは「日本、弱いね」とか「何でオカチャンが監督なの?」といったことを平然と口にしていた連中が、手のひらを返して浮かれていることに、きっとあなたはにこやかに対応しつつ、心の中では舌打ちをしていることだろう。そんな状況にいるあなたが、今の私にはとてつもなくうらやましい。

 いずれにせよ、これで日本代表の冒険は、まだしばらく続くことになった。こうなったら、この冒険が続く限り、われわれもとことん付き合い、喜びと落胆を共有しようではないか。私もこの原稿を書き終えたら、ひとり静かに祝杯を挙げることにしたい。

<この項、了>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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