イングランド、グループ最終戦でほどけた疑問=東本貢司の「プレミアム・コラム」

東本貢司

“カペッロ・イングランド”史上最低のアルジェリア戦

初先発のデフォーがスロヴェニア戦で決勝点を決め、カペッロの期待に応えた 【(C) FIFA/FIFA via Getty Image】

 もちろん、冒頭に触れたように、アルジェリアが予想以上に楽な相手ではなかったこともあるだろう。イングランドがウォームアップマッチ第1戦に迎えたアフリカチャンピオン、エジプトを倒した実力は伊達(だて)ではなかった。フレンドリーとワールドカップ本番の真剣勝負という違いはあっても、アルジェリアはエジプト以上に走る、戦う集団だった。ナディール・ベルハジ、ハッサン・イェブダ(共にポーツマス)らプレミアリーガーも(それに、レインジャーズ所属のマジド・ブゲラも加えて)、見違えるほどはつらつとして、また強くしぶとく、スキルも確かだった。

 それでも、あれほど連係がちぐはぐで、パスが2本と連続でつながらないイングランドはこれまで見た記憶がとんとない。ジェラードはいら立ち、ランパードはおろおろとして間を抜け、ルーニーはさっぱり“見えない”。それはさらに重くのしかかる一方のプレッシャーのゆえか、それとも、やはり起用にまつわる割り切れなさを引きずっていたせいなのか。果たして、テリーの不用意な記者会見発言から、メディアはイングランドのキャンプに漂う“不穏な雲”を、待ってましたとばかりに取りざたすることになるのである。

 おそらく、多くは先走りするメディアの憶測が重なっていった結果ではあったと思う。ただ、テリーがジェラード、ランパード、ルーニーら“主力8名”に声をかけて、沈滞ムードをクリアしようと「腹を割って“思いの丈”をさらし、問題解決を図る」ための“飲み会”を提案したのは事実だったようだ。
 伝えられるところによると、飲酒厳禁の原則を貫くさしものカペッロも「各自ビール一杯でとどめるなら」とくぎを刺した上で、話し合いは容認する姿勢を示したという。ところが「ただし」と出した条件が「悪いことは口にせず、良いことだけを話題にすること」だったというからたまらない。さて、いったいどんな会合になったのだろうか。いや、果たして実際に開かれたのか、それとも、そもそもが話が推測の域を出ていなかったのか。

 いずれにせよ、メディアは一連の“ムード”を「すわ、テリーの造反か?」とあおった。一部では、キャプテンマークをはく奪されたテリーの「満を持した意趣返しか?」とまで。もう(フランスほどではなくとも)だめかもしれない。スロヴェニアの強(したた)かさと豊かなスキルは、米国戦で証明されている(もっとも、同時にディフェンスの脆さも?)――。
 だが、結果論で言えば、そんなメディアの“無作法”がかえって、イングランドに闘志と割り切りと結束を肉付けしたような気さえしてくるのだ。少なくとも最終戦のスロヴェニア戦では、アルジェリア戦とは見違えるような、チームとしての自信と落ち着きを取り戻していたのは確かだった。

あとは、ルーニーの復活のみ

あとはルーニーの復活だけが待たれる 【ロイター】

 スロヴェニア戦での得点はわずかに1。しかし、それを直接生み出したのが、初戦の失意から蘇ったミルナーと初先発のジャーメイン・デフォーだったのが大きい。ミルナーの勝負勘全開のクロスと、ミートポイントに最短距離で飛び込んでいくデフォー得意の“空中殺法”。その絵に描いたような“はまり手”が、全軍をさらに勇気付けた。欲を言えば、それ以上の“勇気のもと”ルーニーの追加点が決まっていれば最高だったのだが……。
 それでも、テリーの“準・定番”相棒、アップソンのパフォーマンスが、地味ながらも的確で落ち着き払っていたこともあって、後半のある1シーンを除けば、守りもほぼ危なげなかった。3人の新戦力がそろって勝利に直接結びつく結果を出したのだ。

 ジェイムズの安定感も(彼だけはアルジェリア戦に引き続いて)「1番」にふさわしいものだった。ルースボール、セカンドボールへの寄り付きも、アルジェリア戦とは比べ物にならないほど速く、処理にも遺漏がなかった。もちろん、パスも良くつながった。
 ランパードもトレードマークのミドルFKを一発お見舞いして、ひとまずは吹っ切れたようだ(カペッロが「思い切ってチームをいじるかもしれない」と述べたことから、ランパードのスタメン落ちが予想されていた)。J・コールにもやっと出番が巡ってきた。ちなみに彼と入れ替わりに退場したルーニーには、マイナーな故障が発生していたらしい。後半途中からやや運動量が落ちたとはいえ、バリーも本来の姿からそう遠くはない。

 絡み合った疑問が一気に、このスロヴェニア戦でほどけたのである。ほぼ。あとは、そう、ルーニー待ちだ(故障は軽いらしい。それに、スロヴェニア戦は明らかに復活の兆しが見えていた)。その意味で、スコアだけならぎりぎりでも、このグループ最終戦は掛け替えのない快勝だったと言っていい。

 グループリーグ組み合わせが決まった時点での“能天気”なシミュレーションによると、イングランドは1位通過して、比較的楽な“山の左半分”で勝ち上がり、準決勝でブラジルと対決するはずだった。だが、現実は、ブラジル(とオランダ)以外の常連強豪がひしめく“右半分”に回ることになった。しかも、決勝トーナメントの初戦の相手は宿敵ドイツ、これを突破しても次は(おそらく)因縁のライバルで今大会最大の敵、アルゼンチンだ。
 しかし、のんきに聞こえるだろうが、今ではむしろこうなって良かったのかもしれないと考え始めている(イタリアとスペインあたりがイングランドと入れ替わるように“逆方向”に回るかもしれない可能性もあるから……ではない)。その理由は……たぶんドイツ戦前後あたりに語ることになるだろう。たとえ、それが、現実には“幻の根拠”に終わる結果になっていようと。

<了>

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著者プロフィール

1953年生まれ。イングランドの古都バース在パブリックスクールで青春時代を送る。ジョージ・ベスト、ボビー・チャールトン、ケヴィン・キーガンらの全盛期を目の当たりにしてイングランド・フットボールの虜に。Jリーグ発足時からフットボール・ジャーナリズムにかかわり、関連翻訳・執筆を通して一貫してフットボールの“ハート”にこだわる。近刊に『マンチェスター・ユナイテッド・クロニクル』(カンゼン)、 『マンU〜世界で最も愛され、最も嫌われるクラブ』(NHK出版)、『ヴェンゲル・コード』(カンゼン)。

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