ガチンコをあえて選んだ韓国=宇都宮徹壱の日々是世界杯2010(6月17日@ヨハネスブルク)

宇都宮徹壱

オリンピコからサッカーシティへ

「太極旗」を振りかざす韓国サポーター。W杯でのアルゼンチンとの対戦は24年ぶりとなる 【宇都宮徹壱】

 大会7日目。この日も朝から張りつめた冬の空気に満たされていた。一刻も早く、温暖なダーバンに移動したい――そう切に願う日々が続いている。幸い、この日の取材は、キックオフが13時30分だ。サッカーシティで行われる、アルゼンチン対韓国。もっとも出発時刻が早くなったため、思い切り睡眠時間を削られることとなった。それでも寝不足と寒さを比べるならば、今の私は迷うことなく前者を選ぶだろう。それくらい今年のヨハネスブルクの冬は、想像以上に厳しい。

 キックオフ45分前、サッカーシティの記者席に到着。席はかなり後方の、ほとんど最上階付近である。感覚的には、10階建てのビルの屋上の日陰でじっと座っているのと同じで、晴れてはいてもやっぱり寒い。何度も手の甲をさすりながら、両チームの選手たちのアップ風景を眺めていると、ふいにメキシコシティにあるスタジアム、オリンピコのことが頭に浮かんだ。今から24年前のこの時期(といっても季節は逆だが)、メキシコで行われたワールドカップ(W杯)で、同じカードが行われている。7万人以上を収容できるスタンドから見下ろした風景は、おそらくサッカーシティで見ている光景と、おそらく似通ったものではなかったか。

 この試合で、現アルゼンチン代表監督のマラドーナに対し、現韓国代表のホ・ジョンムが徹底マークしたことについては、日本でも事あるごとに報じられていたと思う。とはいえ、当時の両者の実力差は、今では考えられないくらいの開きがあった。優勝候補の最右翼だったアルゼンチンに対し、韓国は32年ぶり2回目の本大会出場。アジア最強チームとして世界のひのき舞台に乗り込んだものの、過緊張と経験不足を露呈し、結局1−3というスコアに敗れてしまった。前年のアジア予選プレーオフでは、日本に対して力の差を見せつけた韓国。その最強のライバルが、W杯ではまるで子供扱いを受けている。その現実に、当時の日本のサッカーファンは少なからぬ衝撃を受けたものだ。

 あれから24年。舞台はオリンピコからサッカーシティに移り、両者の実力差もぐっと近づいたようにも思える。アルゼンチンにはメッシがいるが、韓国にもパク・チソンやパク・チュヨンやイ・チョンヨンといった欧州でプレーする選手を数多く擁しているではないか。しかも初戦では、ギリシャに2−0で完勝して「史上最強チーム」の呼び声が伊達(だて)ではないことを実証して見せた。加えてこの日は「メッシ見たさ」に多数の観客が押し寄せており、ウイークデーにもかかわらずアテンダンスは8万2174人と発表された。24年前の屈辱を払しょくするための舞台は、まさに理想的な形で整ったと言えるだろう。

韓国はアルゼンチンとの真剣勝負を選択

韓国のパク・チソン(左)とアルゼンチンのメッシ。両国のスターが激突した 【Getty Images】

 さて、私がこのゲームで注目しているのは、韓国がどういうスタンスで臨むかである。前述のとおり、韓国はすでに初戦で勝ち点3を挙げており、2戦目でグループ最強チームと対戦する。すなわち、状況は日本とまったく同じなのである。ここで選択肢は大きく3つ。玉砕覚悟でベストメンバーで戦うか、守備的な布陣で引き分けを狙うか、あえて控え選手中心のメンバーでゲームを捨てるか(つまり第3戦に懸けるか)――。

 メンバー表に目を落とすと、初戦との違いはサイドバックのチャ・ドゥリと、オ・ボムソクとを入れ替えただけ。つまり、現状でのベストメンバーで、アルゼンチンと真剣勝負することをホ・ジョンムは選んだようだ。一方のアルゼンチンは、ベロンがふくらはぎの筋肉を痛めたため、代わってマキシ・ロドリゲスが出場する以外は初戦と同じメンバー。彼らもまた、この試合で勝ち点6を積み上げて、早々にグループリーグ突破を決めたいと考えているのは間違いない。両者ともにガチとガチ。試合内容はもちろんのこと、現状における南米とアジアの実力差を推し量る意味でも、興味深い一戦となりそうだ。

 ゲームは序盤からアルゼンチン優勢で進む。素早いパス回しで攻めの姿勢を貫くアルゼンチンに対し、韓国は反撃はおろかボールに触らせてさえもらえない。試合が最初に動いたのは17分。デミチェリスの頭を狙ったFKが、なぜかパク・チュヨンの足に当たってゴールイン。相手のオウンゴールでアルゼンチンが先制する。追加点もセットプレーから。33分に左サイドの深い位置から、マキシ・ロドリゲスがクロスを入れ、イグアインが頭で決めて2−0とする。しかし韓国も負けてはいない。前半ロスタイムに、デミチェリスが自陣でルーズボールの処理を誤ったところを、すかさずイ・チョンヨンが奪い去り、見事なループシュートを決める。前半は2−1で終了。

 この1点で自信を取り戻した韓国は、後半に入ってからポゼッションを高め、たびたび相手陣内でチャンスを作りようになる。後半13分には、イ・チョンヨンからのスルーパスをフリーで受けたヨム・ギフンが、絶好の位置からシュートを放つも、弾道はゴール右へ。「たられば」の話になるが、もしこの数少ないチャンスを韓国が決めていれば、その後の試合展開はかなり違っていたものになっていただろう。ここからメッシ、イグアイン、そして途中出場のアグエロ(後半30分にテベスと交代)による豪華攻撃陣が本領を発揮。一気に韓国を蹴散らしにかかる。

 後半31分、アグエロのポストを受けたメッシが連続シュート。1発目はGKの左足、2発目はポスト右にはじかれるも、最後はイグアインがきっちり押し込む。その4分後には、メッシの浮き球スルーパスをアグエロが折り返し、最後はイグアインがヘッドでネットを揺らし今大会初のハットトリックを達成。結局、試合は韓国必死の抵抗も空しく、アルゼンチンが4−1のスコアで大勝した。

枠内シュート数から見える世界との差

試合前に歌い、踊るアルゼンチンのサポーター。試合中もその歌声はブブゼラに負けなかった 【宇都宮徹壱】

 その後、16時にブルームフォンテーンで行われた裏の試合、すなわちギリシャ対ナイジェリアは、ギリシャが2−1で逆転勝利した。これで第2戦を終えてのグループBの順位は、1位アルゼンチン(勝ち点6/得失点+4)、2位韓国(勝ち点3/得失点−1/得点3)、3位ギリシャ(勝ち点3/得失点−1/得点2)、4位ナイジェリア(勝ち点0/得失点−2)。最終戦のカードは、アルゼンチン対ギリシャ、韓国対ナイジェリアとなっている。数字上では、ナイジェリアがグループを突破する可能性も、そしてアルゼンチンが脱落する可能性も、わずかながら残されてはいる。だが現実的に考えるなら、アルゼンチンが当確。残りの椅子(いす)をギリシャと韓国が争うことになりそうだ。わずかな可能性に懸けて、ナイジェリアが必死で挑んでくることを考えると、分が悪いのはむしろ韓国の方かもしれない。

 とはいえ、韓国があえてアルゼンチン相手に真剣勝負を挑んだことについては、その判断を尊重すべきだし、彼らのチャレンジ精神には、あらためて拍手を送りたい。グループリーグ突破のためには、さらなる試練を強いられることとなったが、それでも強豪との真剣勝負によって自信と課題を得たことは、長い目で見れば収穫だったと言えるだろう。

 具体的な収穫としては、後半のある時間帯でゲームを支配して、何度もチャンスを作ったことが挙げられる。前半のポゼッション率は62対38だったのが、90分では56対44になっていたことからも、いかに後半の韓国が盛り返していたかが理解できよう。ちなみにシュート数は、アルゼンチンが22本で韓国が13本。ここで興味深いのは、前者の枠内シュート数は半分の11だったのに対し、韓国はたったの2だったこと。イ・チョンヨンのゴールと、パク・チソンのヘディングシュートのみである。このあたりに「史上最強チーム」韓国とW杯優勝経験を持つ世界の強豪との埋め難い差を見る思いがする。

 ところで、2日後の19日にオランダと対戦する日本は、果たしてどんなプランで試合に臨むのだろうか。玉砕覚悟のガチンコか、引き分け狙いか、それとも捨て試合か。ある意味、指揮官・岡田武史の本質に触れる絶好の機会となりそうな第2戦を前日から取材すべく、18日は空路ダーバンへと移動する。現地に到着したら、まずはインド洋から吹いてくる暖かな海風を浴びて、寒さで縮こまった体を思い切り伸ばすことにしたい。

<この項、了>
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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