V5のナダル、その執念はすさまじかった=全仏テニス最終日

内田暁

雨が上がり日が差し始めた決勝戦

 迎えた、決勝の日――。
 天気は、なんと朝から雨。雨脚はかなり強く、午後3時からの試合が定刻通りに行われるのかすら怪しまれた。
 ところが昼近くになると雨は上がり、徐々に日が差し始める。そうして試合開始時には、太陽がオレンジ色のコートに照り返される中、多くの観客が、帽子にサングラス姿で頂上決戦を見守った。
 
 ナダルの集中力、そして執念はすさまじかった。「今年はケガでつらい時期を過ごしてきた。自分の状態に疑問を抱きもしたし、大会中もいつもよりナーバスだった」。
 全てが終わった後にそう述懐したナダルは、この一戦で、なぜ彼がクレーの王者であるかを証明するかのように、太陽の光を受けて走り回り、赤土の上をスライドし、ボールにスピンをかけ続けた。
 真骨頂だったのは、第二セットの2ゲーム目、ソデルリングがブレークポイントを握った場面だ。この局面では、ソデルリングが強打を左右に打ち分け、ナダルは防戦一方に。そしてソデルリングが放ったこん身のフォア一撃により、ポイントは決まったかに思われた。だがその時、届かないはずのボールを、ナダルはまるでスケート選手のように赤土の上を滑って追い付くと、相手コートギリギリに返球する。このブレークポイントをナダルがしのぎ、数分後にはゲーム自体のキープに成功。試合終了後に振り返るまでもなく、ここが、勝負の分岐点だった。

「生き物」のコートを巧みに操った勝者

 2年ぶりにつかんだ、5度目のタイトル。コート上に大の字になり、背中で確かめる頂点の感触。見上げた先の空は、快晴とはいかず、薄い雲に覆われていた。
 「2日前には、『晴天が良い、太陽が欲しい』と言っていたけれど、今日はあまり太陽は見えませんでしたね?」
 優勝者会見でそう尋ねると、チャンピオンは日に焼けた顔をくしゃっとさせて笑い、「あの発言は、間違いだったかな。今日みたいな天気が最適かもね。快晴の方がボールが高く跳ねて良いと思ったんだけれど、少し曇っていた方が、足元が滑りすぎず、踏ん張って打つことができるから」と分析した。
 
 そうかもしれないし、あるいは、そうではないのかもしれない。太陽が激しく照る環境ならば、それはそれでソデルリングをもっと左右に振り回し、さらに相手のミスを誘えたのかもしれない。重要なのは、4日前に24歳になったばかりのクレーのスペシャリストが、「生き物」であるこのコートを、誰よりも巧みに飼いならすことができるという事実だろう。

 決勝戦の直後にコート上で行われた表彰式では、まるでその時を狙ったかのように、パリの空を覆う雲が晴れ、トロフィーを誇らしげに掲げる全仏王者の姿を照らし出した。
 1年のうち、300日以上が晴天だという地中海の島から来た赤土の王者には、やはり、太陽の光が良く似合う。

<了>

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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