エナンvs.シャラポワ、元女王の因縁の邂逅=全仏テニス第8日

内田暁

1セットずつ取って順延へ

キャリアグランドスラム達成を目指したシャラポワだが…… 【Getty Images】

 お互いが“負けられぬ理由”を背負い挑んだ一戦は、期待を裏切らぬ好ゲームとなる。第1セットは、赤土のコートの戦い方を熟知したエナンが、やや足元のおぼつかないシャラポワを前後左右に振り回し、6−2と楽に先取する。ところが第2セットに入ると、シャラポワがこれまで見たこともないような、クレーコートに適応した戦い方を見せ始めたのだ。これまでにもシャラポワは、エナンとの対戦時には、技術的にも戦術的にも新境地を開拓することが多かったが、今回もまさにその再現だった。得意の強打にスライスを織り交ぜるなど、緩急をつけた組み立てでエナンを揺さぶる。決して器用とは言えないシャラポワが、圧倒的なフットワークを誇るエナン相手に、ドロップショットで二度までもウィナーを奪う。まるでクレー巧者のようにさまざまなショットを操ったシャラポワが、第2セットを6−3で取り返した。

 日没による順延を挟み再開された最終セットでも、前日の勢いをそのまま持ち込んだシャラポワが、ゲームカウント2−0と先行。だが「後が無くなったので、積極的に行くしかないと思った」というエナンが、ここから逆襲に転じる。果敢にネットに詰めボレーを決めると、フットワークにも本来の軽快さが戻ってきた。追う者の開き直りが追われる者を焦りを誘い、最後はシャラポワのショットがラインを割って、勝敗が決した。

エナンが勝利 第二キャリアの“始まりの終わり”

 「まだ私は、優勝を狙える16人の内の、一人に過ぎないわ」。

 この勝利で、優勝候補の筆頭に立ったのでは?――試合後にそう聞かれたエナンは、上記のように返答し、性急な記者をやんわりといさめた。だが、以前はこの手の質問をされると、かたくなまでに「一試合ごとに集中するだけ。先のことは考えない」と繰り返していた彼女にしてみれば、十分に優勝を意識した発言と見ることができる。今年1月の現役復帰から半年が経過し、最大のライバルの一人を大舞台で破ったエナンである。もはや彼女を語る際に「復帰」という言葉を持ち出す必要はないだろう。この勝利は、第二のキャリアの“始まりの終わり”を記す一里塚になる。
 
 敗れたシャラポワにしても、今回の試合で得た物は、決して少なくないはずだ。試合後の会見で、記者から「今日のようなプレーをすれば、全仏でも優勝できるのでは?」と聞かれ、「どんなに良いプレーをしても、負けは負け」とまつ毛を伏せたシャラポワだが、「将来に向け、何をすれば良いか分かった」と自信ものぞかせる。悔しさと同時にクレーコートでの手応えを覚えた今回の敗戦は、足りない最後のピースを得る戦いの“始まりの始まり”となるかもしれない。

 <了>

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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