石川、ジョーカーは最後に滑り込む=完敗の中で見えた唯一の希望

元川悦子

貪欲にゴールに向かいビッグチャンスを作る

絶対的なスピードを武器とする石川は切り札となる可能性を秘めている。岡田監督の決断はいかに? 【Photo:徳原隆元/アフロ】

 迎えたセルビア戦、2人の同時先発は残念ながらかなわず、中村俊が先発、石川は控えとなった。日本は練習通り4−2−3−1の布陣で、興梠慎三がFW、中村俊が右のワイド、岡崎慎司が左のワイド、遠藤保仁がトップ下という構成だった。彼らがどう攻撃の形を作り出すかが見どころと思われたが、その前に守備が崩壊する。第3のセンターバックとして期待された栗原勇蔵が背後を突かれて開始15分で先制を許すと、23分には2点目を奪われる予期せぬ展開を強いられた。ハーフタイムに大ブーイングが起こった長居スタジアムで石川に託されたのは、「点を取る」というシンプルな仕事しかなかった。

 後半開始から登場した石川は、練習とは微妙に違う4−1−4−1の右MFに入った。不安定な守備を修正するため、失点した後に岡田監督が稲本潤一をアンカーに動かし、システムを変えたからだ。それでも貪欲(どんよく)にゴールに向かう仕事は同じ。「自分たちが低い位置にいるときはワイドに張って、ボールのもらえる中へ動いたり、シュートまで持っていくようにと監督から指示を受けた。点が欲しかったんで、そのへんはかなり強く言われました」と石川も語った。

 その指示通り、彼は最大の武器である速さで局面の打開を試みる。最初の決定機は中村俊との絡みから生まれた。後半14分、中央の引き気味の位置から中村俊が出した浮き球のパスに反応。相手守備陣の背後に抜けてGKブルキッチと1対1になった。オフサイドと判定されかねない際どい飛び出しだったがホイッスルはなし。しかし、絶好のチャンスもシュートをGK正面に飛ばしてしまい、惜しくもゴールは奪えなかった。

「最初ニアの下を狙おうとして、判断を変えてファーを狙ったんですけど、コースが甘かったですね。2−1になっていたら試合が違う形になっていた。そこが僕の今の実力。質の部分を反省してやっていかないといけないですね」と本人も悔しさをにじませた。それでも中村俊との絡みからビッグチャンスを作ったことはプラスに考えられる。

岡田監督は攻撃の切り札をどうする?

 直後にセルビアのMFトミッチに直接FKを決められ0−3となり、勝負は完全に決した。だが、日本としては1点でも返して一矢報いるしかない。石川は強い意識を前面に押し出した。遠藤の浮き球パスに反応してゴール前に抜け出した後半24分の決定機も、残念ながらゴールに結びつかなかった。終盤は中村俊も遠藤も退き、当落線上の選手中心の攻撃陣になった。最終選考の恐怖からか委縮しがちになる者が多い中、石川だけはアグレッシブさを持続する。その姿勢は確かに目を引いた。

「相手は選考の色合いが強くて、最後はGKも出てきた。それが僕自身、すごく悔しかった。対日本がメーンではなく、競争のための試合にさせてしまったのが情けなかったですね。でも、僕の中ではもっとやれると感じた。結果が出ていないのにそういうことを言うのはおかしいけど、相手のラインが下がったり、ワイドに取ったときにマークがあいまいになったりして、1対1の勝負になったときにはいい間合いでやれるなと思いましたから」と彼は堂々と言ってのけた。

 不本意なゲームにあって、石川が唯一の希望だったことは間違いない。岡田監督は今回の失敗を踏まえ、新戦力より最終予選から積み上げてきた選手たちを選ぶ方向に傾くだろう。2列目要員には中村俊、松井大輔、玉田圭司、大久保嘉人ら実績ある人材がそろっており、石川といえども23人枠に食い込むのは容易ではない。しかし、スピードという世界に通じる絶対的な武器を持つ切り札(ジョーカー)を南アに連れて行かなくていいのか。この点は最後まで熟考すべきではないだろうか。

 チャンスの回数こそ少なかったが、中村俊や遠藤ら攻撃の軸を担う選手たちとのコンビは悪くなかった。約3週間のW杯直前合宿でお互いの間合いを突き詰めていけば、石川がチームに新たな活力をもたらす可能性は大いにある。それを垣間見せてくれたセルビア戦だった。
 果たして、1カ月後の本大会登録メンバー発表で「石川直宏」の名前が岡田監督の口から飛び出すのだろうか。

<了>

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著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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