ついに実現した「イチローvs.松井秀」=ICHIRO Decade 2003

木本大志

WBC実現へ――イチローが負ったリスク

チームメートの長谷川(右)らがWBC開催へ疑問を呈す中、イチローは肯定的な見解を述べた 【写真は共同】

 米大リーグ機構はこの年、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の開催を検討。グローバル化を一気に進めようと算段した。

 計画が公になると、多くの選手は、どちらかというと否定的な考えを口にした。ブレット・ブーン(当時マリナーズ)などは「無意味だ」と素っ気なく、さらに言った。

「ワールドカップに、何の意味があるんだ。俺たちは、みんなワールドシリーズのタイトルを目指して戦っている。それだけなんだよ、俺たちの目標は。ベースボールを世界中に普及させるアイデアには賛成だ。だから、日本やヨーロッパで試合を行うことには喜んで協力する。でも、ワールドカップ? そのタイトルのために、バケーションを切り上げて帰ってくるのなんてごめんだね」

 長谷川もこのときは否定的だった。

「例えば、メジャーをヨーロッパに広げると言う。宣伝の意味ならいいかもしれないけど、サッカーのワールドカップのような……という意識なら無理ですよ。オリンピックも盛り上がらないでしょ、野球は。それは、あの場が世界最高の舞台じゃないからですよ。だって、ここにあるもん、世界最高の舞台が。このメジャーを越える大会を今からつくるなんて、無理ですよ。夢を壊しちゃうかもしれませんけど(笑)」
 
 そんな一方で、イチローは、「(大切なのは)やろうとする気持ちじゃないかな。それぞれの国がやろうとしなかったら、意味ないでしょ。その気持ちがみんなにあるのか、ないのか。その後のこと、例えばタイミングとかは、細かい問題だと思いますけどね」と肯定とも取れる発言をしている。

 ブーンや長谷川らは、その価値に疑問を呈していたが、イチローはそれを含んで言った。

「最初から、価値ある大会にするのは無理でしょ。歴史がないんだから」

 彼は続ける。

「何のリスクもなしに、そんなことはできないんだから、どこかにどうしてもリスクは生まれるわけで、不自由なく、というのは無理ですよ」

 彼なりに、リスクを負う覚悟はできていたということか。

「1回目がなかったら、2回目もない。でも、歴史ってそうやってつくられるものでしょ。積み重ねというか。まずやってみないと、どこがいいのか悪いのか、分からない部分もあるんじゃないですか」

 彼の中で今、WBCに対して特別な思いがにじむのは、自分たちがリスクを承知で歴史をつくるという壮大な絵を描いたからだろう。今や、WBCの次回大会を日本中が待ち望む。イチローらが負ったリスクは、大きなリターンをもたらした。

「自分でも驚いた」初めて襲った苦悩

 さて、シーズンの方は、2003年も開幕から好調。4月は17勝10敗、5月は19勝8敗、6月は17勝10敗と、順調に貯金を増やしている。

 しかしながら、7月に13勝14敗と負け越すと、8月も14勝15敗。9月は13勝12敗だったが、地区ではアスレチックスに3ゲーム、ワイルドカード争いでは、レッドソックスに2ゲーム及ばなかった。

 8月27日に地区のトップから陥落したマリナーズ。以降は、1カ月間に渡ってぎりぎりの戦いを続けたものの、この中でイチローは、極度の緊張感を味わったそう。

 9月1日の打率は3割1分8厘。最終的な打率は3割1分2厘とさほど変わらないが、シーズン最終日、イチローはその間の苦悩を吐露した。

「プレッシャーや怒りによって、吐き気がしたり、息が苦しくなったりするというのは、今までになかったことですから、自分でも驚いたんですよ。それは、今までの僕にはインプットされていないことでした」

 前年も9月でチームは脱落。それをイチローの不振につなげる向きもあった。この年も9月になって、正念場の戦いが続き、チームとしての結果が出ない焦りは、イチローの内面をえぐった。

 イチローは、常々、「3年間、きっちり実績を残してこそ認められる」と話し、その限りでは、申し分のない数字を残したものの、シーズン最終日にその達成感はなく、「(満足)できたり、そうでなかったり」と歯切れが悪い。

 失速した終盤、イチローから笑顔が消えていた。

〜Decade 2004に続く〜


<2003 NOTES>

◆200安打達成
日付:9月20日/152試合目(チーム155試合目)
対戦チーム:アスレチックス
対戦投手:ジャスティン・デュークシャー
結果:センター前タイムリー

◆シーズン成績
打率:3割1分2厘
安打数:212
タイトル:ゴールドグラブ、オールスター出場
メジャー通算500安打:5月16日(対タイガース戦)354試合目での到達

◆マリナーズ成績
93勝69敗(ア・リーグ西地区2位)
監督:ボブ・メルビン

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