デイヴィッド・ベッカムの誤算=東本貢司の「プレミアム・コラム」

東本貢司

予期せぬイングランド代表からの落選

長年在籍したユナイテッドからレアル・マドリードへと移籍したベッカムの胸中は如何ほどだったか 【Getty Images】

 後に、ベッカムは大会前からキャプテンシーを後輩に譲るつもりでいたことを明かしている。それは、言葉には出さずとも、スクープ狙いで悪質な偽装取材を仕掛けたメディアに失望して大会後の辞任を表明していたエリクソンに対する餞(はなむけ)、敬意を込めた、彼なりのけじめでもあったと考えられる。ポルトガル戦途中退場は、いわば追加理由(だからこそ“最終的な引き金”)に当たるものと考えた方がいいかもしれない。
 そしてエリクソンの後任は、紆余曲折の結果、その副官だったマクラーレンに決まった。いったい、ベッカムならずとも、誰がこの元ユナイテッド・コーチのベッカム降ろしを予期しただろうか。背景事由は微妙に複雑でおよそ感情的なにおいがぷんぷんする。

 マクラーレンの当時の心理を推し測ってみよう。自分は決してファーストチョイスではなかった。それどころか、ヒディンク、スコラーリと順に背を向けられた後、FA(イングランド・フットボール協会)は自分を差し置いてアラダイス、カービッシュリーに打診したという。冗談じゃない。だったら見返してやらずばなるまい。そのためには自分の色に塗り替えてやる必要がある。かといって、まさか大幅にチーム改造というわけにはいかない。ではどうするか――。

「ベッカム降ろし」がマクラーレン・イングランドの出発を強烈に印象付ける狼煙(のろし)の役割を果たしたとすれば、すべての辻褄(つじつま)が合うのではないか。エリクソンの退任に合わせるようにベッカムがキャプテンを降りたということも“口実”に組み込まれていたかもしれない。その意味では、誤算の中枢は「キャプテン辞任」だったととらえてもよさそうだ。

 しかし、それは結局、マクラーレン自身の誤算となってしまったのだから皮肉と言うしかない。ユーロ(欧州選手権)2008予選で、もはや後がない事態になってから再招集されたベッカムの活躍が、今度はマクラーレン退陣の狼煙となってしまったほどに。よくよく考えてみれば、一連の出来事はベッカムの価値を天下に再認識させるための筋書きだったような気もする。むろん、その“ブランク”の間、彼がひたすら切磋琢磨に努めたことも忘れてはならない。マクラーレンに意地を張らせる理由の一端でもあったレアル・マドリードでの不遇も、ほぼ同じ経緯をたどっている。冷遇にもめげずトレーニングに打ち込む姿がカペッロを翻意させ、その決断が(マクラーレン・イングランドの場合と違って)迅速だったために、ベッカムはレアル・マドリードのリーガ・エスパニョーラ優勝に掛け替えのない貢献を果たすことになったのだ。

ベッカムの行く末とは

 まだある。カペッロが“気がつかない”間にMLS(米メジャー・リーグ・サッカー)転身の話がまとまり、それが回りまわってMLSのシーズンオフのミラン・期限付き入団に行き着いた。ここでもベッカムは欠かせない戦力となり、予定期間が延長されるほどにサンシーロ(ミランの本拠地)の英雄に仲間入りした。MLS入りを「都落ち(=一種の誤算?)」だとうそぶいていたメディア、ジャーナリストが、今や手のひらを返すように「ベッカムの献身と底力」を手放しで賞賛している。何と言っても、さまざまな点からもオマケに等しいはずの最新のミラン在籍期間に、ベッカムはキャリア最高レベルの賛辞を浴びているのである。

 だとすれば、マクラーレンが恣意(しい)的にベッカムに背を向けた2006年の晩夏をプロローグと位置付ければ、それ以降のプロットはすべて、ベッカムをかつてない模範的なグローバル・アスリートとして描く大河ドラマの構成要素だったとさえ思えてくる。これを第2部とし、レアル・マドリード移籍までの第1部も含めて振り返れば、あらためて“誤算”の真の意義が分かろうというものではないか。

 そして忘れるなかれ、第2部はまだ終わったわけではない。おそらくそのエンディング・クライマックスとなるのはアフリカ大陸最南端の地――かつて、ユナイテッドの顔としてネルソン・マンデラ(元南アフリカ大統領)を表敬訪問するに当たり、早くから準備していたドレッドヘアスタイルで登場して歓待を受けた国――。
 それとも、すでに第3部の予告編に突入しているのかもしれない。なぜならば――。
 奇妙な予知夢が脳裏を過ぎる。それは、来年の“南半球の夏(北半球の冬)”、南アフリカのどこかのクラブで、溌剌(はつらつ)と献身的にプレーしている“セミ・ドレッド”のデイヴィッド・ベッカムの雄姿――。いや、決してあり得ないことではない!?

<了>

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著者プロフィール

1953年生まれ。イングランドの古都バース在パブリックスクールで青春時代を送る。ジョージ・ベスト、ボビー・チャールトン、ケヴィン・キーガンらの全盛期を目の当たりにしてイングランド・フットボールの虜に。Jリーグ発足時からフットボール・ジャーナリズムにかかわり、関連翻訳・執筆を通して一貫してフットボールの“ハート”にこだわる。近刊に『マンチェスター・ユナイテッド・クロニクル』(カンゼン)、 『マンU〜世界で最も愛され、最も嫌われるクラブ』(NHK出版)、『ヴェンゲル・コード』(カンゼン)。

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