大迫勇也、柳沢を超えるために=課題を克服し、武器のターンを磨け

藤江直人

絶対の自信を持つ「大迫ターン」

柳沢以来の逸材と言われる大迫は先人を超えることができるか 【スエイシナオヨシ】

 鹿島アントラーズで選手発掘を任されて15年目。現在は強化部スカウト担当部長を務める椎本邦一は、過去に2度、忘れられない衝撃を受けている。
 最初はスカウトを始めてまだ間もないころに見た富山一高のFW柳沢敦。高校生ですでにボールを引き出すすべを完ぺきに身につけているクオリティーの高さに絶句した。そして、2度目は昨春。訪れた九州の南端の地で鹿児島城西高の大迫勇也を見たときだった。
「いわゆるオールラウンダー。シュートはもちろん、3年生になって周囲にいる味方をうまく使えるようになっていた」

 しかも、柳沢に負けず劣らず、大迫も絶対の自信を寄せる「武器」を装備していた。ペナルティーエリアが記されたピッチのイラストに目を落としながら、椎本は「こことここで大迫がパスを受けたら、よく見ていてください」と2カ所を細長い楕円(だえん)で囲んだ。いずれも攻撃する側から見て左サイド。ペナルティーエリア内の左端とゴールライン際だ。
「ポストプレーから相手を背負ってターンするのが本当にうまい。これが一番。特に左サイドのこの2カ所。ここでボールを受けてターンしてシュート、あるいはパスというプレーを一連の流れでできる。ヴィッセル神戸と対戦したときに、あの宮本恒靖がこのプレーをされて何度か置き去りにされていましたからね。絶対的な形を持っている。これは大迫の強みと言ってもいいでしょう」

 命名すれば「大迫ターン」。4月12日のFC東京戦の15分にたたき込んだJ1初ゴールも、ペナルティーエリア内の左端でパスを受け、ターンしてからの強引なドリブル突破でMF羽生直剛を吹き飛ばし、スペースのないニアサイドに豪快に突き刺していた。
 大迫自身もターンについて「一番自信を持っている」と断言するが、あまり多くを語らない。高校時代からこのプレーを見てきた椎本は「もっと幼いころに身につけたはず」とした上で、宮本や羽生といった日本代表経験者が翻弄(ほんろう)された秘密を分析した。
「相手を背負ったときにボールを見えない場所に置いていると思うんです。自分の体やフェイントを使って上手にボールを隠すんじゃないかと。ほかの試合でも相手が置き去りにされたシーンがあった。ボールが見えていないとしか説明ができないですよ」

ハイボール克服のため岩政に弟子入り

 今年1月の全国高校選手権で大会新記録となる10ゴールをマーク。名門鹿島でもサンフレッチェ広島との第3節から先発の座をゲットし、他チームの主力選手を「高卒1年目のFWが鹿島でポジションを奪うこと自体がすごい」と驚かせた。非凡な得点感覚の源は2年前の夏に味わった屈辱だ。U−17ワールドカップの直前でセレッソ大阪の柿谷曜一朗にエースの座を奪われ、代表からも落選。大迫は「結果を残さなかったから」と自分を責め、ゴールなくしては生き残れないことを肝に銘じた。

 いま現在も順風満帆とは言い難い。4月18日の横浜F・マリノス戦では日本代表DF中澤佑二の前にターンを完ぺきに封じられた。5月に入ると、シュートを1本も打てないまま交代を告げられた試合も少なくない。
 実際に大迫と対峙した羽生は言う。
「情報が少ない中で活躍できるのは最初の数試合だと思う。相手に研究された中で何を考えられるか。それが高卒でできたとしたら、彼はすごい選手になると思う」
 椎本も考えは同じだ。
「必ずカベにぶち当たるし、それを自分で乗り越えないとひと皮むけることはできません」

 最近になって大迫はDF岩政大樹に志願して弟子入りした。ハイボールに対する反応が淡白で、マーカーに対して無条件降伏することも珍しくない。椎本からは「勝たなくてもいいから競り合え」とカミナリを落とされてもいた。悩み抜いた19歳が見つけ出した答えが、空中戦に無類の強さを発揮するディフェンスリーダーに教えを請うことだった。
 オズワルド・オリヴェイラ監督からは「ターンをもっと磨け」と、げきを飛ばされた。あるときは居残りでひじの上手な使い方、体を反転させる際の重心について直接指導を受けた。サンパウロ時代にブラジル代表MFカカにターンを指導している名将は、縦に抜ける大迫のターンはチームの、ひいては日本代表の強力な武器になると認めているのだ。

 椎本は柳沢と大迫をこう比較する。
「ヤナギは誰と組んでもパートナーを生かせる柔軟さがあった。これは大迫にも言えますけど、プラス、大迫の方がパスを出すタイミングがいいし、パスそのものも柔らかい。さらにポストプレーも非常に巧みです」
 課題を克服し、武器をさらに強力にする。「田舎だから変な雑音もない」と椎本がその環境に太鼓判を押す鹿嶋の地で、19歳のホープは日本代表キャップ58を誇る万能FWに追いつき、追い越そうと静かに牙を研いでいる。
 6チームが獲得に名乗りを上げた中から鹿島を選んで正解だったのか。まだ朴訥(ぼくとつ)さが残る少年ははにかんだ笑顔を浮かべながら、首を縦に振った。(文中敬称略)

<了>

総合スポーツ雑誌「論スポ」

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著者プロフィール

1964年生まれ。東京都渋谷区出身。早稲田大学第一文学部卒業後の平成元年に入社したサンケイスポーツでサッカーを担当し、前身の日本リーグから1993年5月に産声をあげたJリーグ、日本代表が悲願のワールドカップ初出場を逃して涙した「ドーハの悲劇」などを取材。バルセロナ、アトランタの2度の夏季五輪特派員、野茂英雄や伊良部秀輝(故人)らMLBで活躍した日本人選手を追うアメリカNY駐在員、サンケイスポーツと角川書店が共同編集したスポーツ誌『SPORTS Yeah!』編集部などをへて2007年に退社・独立。フリーランスのノンフィクションライターとして、サッカーをメインにスポーツ全般を追っている。

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