東レ、“ベストプレーヤー”不在の優勝=バレーボール

田中夕子

セッター阿部裕太の成長

試合終了後、思わず涙を見せたセッターの阿部 【坂本清】

 昨シーズンは、阿部にとって苦難のシーズンだった。
 サイドからのスピードバレーが東レ最大の強みであるはずが、得点源と期待された外国人選手は高いトスにしか対応できず、全体のリズムがつくれない。1つのブレは全体に転じ、ミドルとのコンビにもズレが生じた。コート内での孤立を感じたことも一度や二度ではなく、食事の席で、思わずチームメートに苦しい胸の内を吐露したこともあった。
 今季から矢島久徳監督は、阿部を副キャプテンに指名した。指揮官の思惑は1つ。ここまで培った経験に、責任を与え自信につなげる。サーブカットの乱れがコンビの乱れにつながるチームが多いなか、阿部はコート後方から前衛レフトへの平行、アタックラインを超えた場からのクイック。昨年とは違う組み立てで、再び「高速コンビの東レ」を強く印象づけた。
 決勝でも、ボヨビッチや篠田へ相手がブロックチェンジをしたのを見て、米山、今田を使うなどトス回しに機転を利かせた。同じセッター出身の矢島監督も「スパイカーも力が入るなか、相手のブロックの付きどころを見ながら、よく考えて(トスを)上げていた」と及第点を与えた。
 優勝の直後、阿部は溢れる涙を、1人、ユニフォームでぬぐった。
「プレッシャーがかかる状況のなか、優勝できてホッとした。支えてくれた周りの人たちにも、感謝しています」
 涙の理由は。「花粉症なので」と笑い飛ばした。

富松崇彰、魂のクイック

課題と正面から向き合った富松。大事な場面で、大きな1本を決めた 【Photo:築田純/アフロスポーツ】

 温厚そうに見えるが、実はチームでも1、2を争うほど富松は頑固だ。そのうえ、「負けたら楽しくないから、ジュースじゃんけんもやらない」というほどの負けず嫌い。
 昨年5月、北京五輪代表候補14人のなかに富松はいた。出場できるのは12人。つまり、2人が直前で落とされる。そして数日後、富松は最終メンバーから落選。悔しさの度合いは計り知れない。五輪メンバーで構成されたワールドリーグにも出場を命じられたが「何で?」の思いはぬぐえない。
 世間が五輪に歓喜する夏、「昨シーズンあれだけ(自分が)決まらなかったら、阿部さんも(トスを)上げられないと思う」とクイックを自らの課題ととらえ、助走の距離や打点のポイントを試行錯誤しながら、体育館で黙々と阿部とのコンビ練習に明け暮れた。
 迎えた決勝。チームにとっても富松にとっても「三度目の正直」を懸けた戦いのなか、勝敗のポイントとなったのがジュースに突入した第1セット。26点以降、阿部のトスはライトのボヨビッチに集まり、堺のブロックもライトへ寄っていた。28−27、東レが二度目のセットポイント。やはりここでも二度続けて、阿部のトスはライトへ。
「あの場面なら、センターにブロックは絶対来ない。頼む、B(クイック)、ってとにかく阿部さんを呼んで。魂の叫びかな。あまりの叫びぶりに、阿部さんも身体がとっさに判断した。それが、あのクイックでした」
 ノーマークで鮮やかに決まったBクイックで、29−27。決勝の打数はわずか3本。しかし、とてつもなく大きな1本であったことは間違いない。

コンビの起点、米山裕太

入団2年目の米山裕太。持ち味の守備力を発揮し、優勝へ大いに貢献した 【坂本清】

 米山は、常に謙虚だ。
 内定選手としてサントリーで鮮烈なデビューを飾った弟・達也に対しても「すごいやつですよ。一応兄ですけど、僕を裕太って呼び捨てですからね」とその活躍を笑顔で称する。
 富松、日本代表のエース・越川優(サントリー)、金子隆行(NEC)ら当たり年と言われる同世代が次々に活躍の場を広げるなか、実は、米山はプレミアの下部リーグに当たるチャレンジリーグのチームへ進む予定だった。しかし、安定したサーブレシーブ能力が目に留まり、進路は一転。1年目の昨シーズンから守備力を買われ、出場機会を得ると、瞬く間にレギュラーの座を手にした。
 東レにはサーブレシーブの名手・越谷章がいる。攻守とも「常に、感覚で動く」という越谷だが、天才肌で、なおかつ正確な技術を併せ持つ、現在のバレー界には稀有(けう)な存在だ。
 その越谷が「よくやっているし、あいつの成長が一番大きい」とするのが、今季の米山の活躍だった。
「コンビバレーを軸としている以上は、(サーブ)カットが返らないと話にならない。いかに、僕が正確にプレーできるかどうか。ここで崩して、台なしにしてしまうわけにはいかないですからね」
 決勝前日の練習時は、少し緊張していた。しかし練習後、阿部に「ちょっと(コンビ練習を)いいですか?」と尋ねたところ、「何、お前心配なの?」と笑顔で返され、肩の力が抜けた。「相手がサーブを(勝負せずに)入れてきたからちょっと楽でした」と振り返ったように、決勝戦のサーブレシーブ返球率は75%。リベロの田辺に次ぐ数字を残した。

 決勝を前に、矢島監督には確かな自信があった。
「今年は、優勝する力がそろった。勝つべきチームになったと思います」
 それぞれが、各々(おのおの)の当たり前を徹底する。いたってシンプルな論理に、闘志というスパイスを加え、なるべくして、東レアローズが混戦リーグの勝者になった。

<了>

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著者プロフィール

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に『高校バレーは頭脳が9割』(日本文化出版)。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)、『青春サプリ』(ポプラ社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した『当たり前の積み重ねが本物になる』『凡事徹底 前橋育英高校野球部で教え続けていること』(カンゼン)などで構成を担当

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