駆け引きはいらない 室伏が追求する達人道=男子ハンマー投げ
6位でのウイニングラン
6位となるも「自分なりの評価は得られた」。室伏が追求するハンマー投げ道とは 【写真は共同】
五輪金メダリスト・室伏広治(ミズノ)の“ハンマー道”にブレはない。メダルを取ることや世間の評価など、世俗的な部分はどうでもいい。純粋に自身のハンマー投技術を追い求めていく。そのことをあらためて示したのが、地元大阪で行われた世界陸上だった。
成績だけを見ればつらい結果となった。80m46で6位。2003年世界陸上パリ大会以来のライバル、イワン・チホン(ベラルーシ)が83m63の今季世界最高で3連覇した。アテネ五輪までは抑え続けた若手選手たちも81〜82mを投げ、室伏のメダル獲得を阻んだ。
01年の世界陸上エドモントン大会以降、出場した世界大会はすべてメダルを獲得してきた。メダルを逃したのは00年シドニー五輪(9位)以来ということになる。
それでも、チホンや2位のプリモジュ・コズムス(スロベニア)と一緒に、笑顔でウイニングランを行なった。
「これだけたくさんの方たちが応援に来てくれたのです。黙り込んで座っていたら失礼でしょう。外国人記者からもその点を質問されましたが、“日本のやり方だ”と答えておきました(笑)」
すでに世界の頂点を極めた選手。メダルを逃しても、泰然自若としているようにも見えたのだろう。勝利に対してハングリーな気持ちがあるのか、という質問も出た。
「自分がハングリーなのか、とか何も考えていません。自分自身の顔色をうかがうようなことはしませんね。目の前のターゲットをつかみに行くだけです」
トレーニング方法の追及
トレーニング方法も大きく変わってきた。ウエイトトレーニング中のバーベルには、常に複数のハンマーをぶら下げ始めた。同じ動きに筋肉を慣らさせてしまうのでなく、意図的に不安定な状態をつくり、神経や筋肉を活性化させるためだ。また、扇子を投げたり、投網を行ったりもしている。テレビ番組で、新聞紙を片手で丸めていくメニューを披露したこともあった。
軽い物でも重さを感じ、重いものと同じ力を入れられるようにするのが目的だという。近年は、自身で考案したトレーニングでないと、効率的な効果を得られないと考えるようになっている。
ライバルたちとの切磋琢磨
「ハンマー投げに駆け引きなんてあるんですかね。よく、“1投目に記録を出して相手にプレッシャーをかける”とか言いますけど、選手は自分のできることに最善を尽くすだけですよ」
だが、自身に目を向ける室伏のスタンスが、結果的に勝利を手にしてきた。アテネ五輪での6投目の逆転スローしかり。1年間の充電から復帰した昨年は8戦8勝。ヨーロッパでライバルたちと対決したときは、数センチ差で勝利を収めたことが2度3度と続いた。今大会でも結果的に、要所で良い投てきが出た。
今季は博士論文作成などもあり、シーズンインが遅れた。公式戦出場は世界陸上が2試合目と、極端に少ない。室伏自身はそれを言い訳にせず「そのときとれる最良の方法を探った」と話すが、シーズン前の練習不足は明らかだった。これも本人は否定するが、試合勘に不安があったのは否定できない。
実際、予選の1投目は73m11と信じられない低記録だった。しかし、2投目に77m25と伸ばして、際どくはあったが予選通過ラインを越えた。決勝でも1、2投目は76m94、79m46で、7番目にいた。ベストエイト進出ギリギリのところだが、3投目に80m38を投げてベストエイトを確実にした。最後の6投目にも80m46と記録を伸ばしている。ライバルを抜いてやろう、という気持ちを前面に出すのでなく、自身の技術修正に集中した結果だろう。
今大会は7位までが80mを越えた。03年パリ大会の80m台は3人、アテネ五輪は室伏1人、05年ヘルシンキ大会は2人。室伏はメダルを狙える状態に戻してきたが、異常にレベルが高かった大会だったのだ。
自身のハンマー道を追求し続ける室伏だが、山奥や離れ小島でハンマーを投げ続ける仙人ではない。
「もしかしたら、ピークを最高に持って来られなかったのかもしれません。でも、ここまでできたのは、自分なりに評価しています。今回は過去にないレベルの高さでしたが、ハンマー投げが盛り上がって行くのは素晴らしいこと。モチベーションになります」
自身への応援と、ハンマー投げ選手同士の切磋琢磨(せっさたくま)。外的な要因も、室伏のハンマー道追求の刺激となっている。
<了>
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