池田と丹野が見据える世界陸上

折山淑美

陰の努力を怠らない、年間MVPの池田

2006年アスリート・オブ・ザ・イヤーに選ばれた池田。自らの成長がハッキリ分かる1年だったと振り返る 【写真/陸上競技マガジン】

 3月20日の午前、沖縄市営陸上競技場のグラウンドは、日本陸上連盟(以下、陸連)の合宿でにぎわっていた。男子短距離は12日から沖縄入り。合宿最終日を翌日に控え、リレーのバトン練習を繰り返している。それに加え、前日から合宿入りした女子短距離とハードル組も本格的な練習を開始していた。
 その中でひと際目立っていたのが、ショートスプリント組で120m走を行っていた池田久美子(スズキ)の動きだった。この日は2本走って休けいを取りながら3セットをこなす練習だったが、何本走っても正確な動作は崩れることがなかった。彼女は陸連の跳躍合宿には参加せず、女子短距離部長の川本和久コーチが指導する福島大勢とともに、この合宿に参加していたのだ。
「100mに換算すれば11秒5くらいで走ってるんだから、この時期では速すぎるよね」
 さほど力を入れていないのにドンドン進んで行くような池田の走り。それを見て顔をほころばせながら話す川本コーチは、さらに言葉を続けた。
「あいつは本当に練習が好きなんですよ。普通なら後輩の前で苦しくてはいつくばるような姿を見せたくないだろうけど、池田はそこまで追い込む練習をしますからね」

 昨年、5月の大阪国際グランプリで夢の7mへの足掛かりをつかむ6m86を跳んで、念願の日本記録を樹立。さらに12月のアジア大会でも海外初の6m80台となる6m81を跳んで圧勝した池田は、『陸上競技マガジン』(ベースボール・マガジン社)が選定する2006年アスリート・オブ・ザ・イヤーに選ばれた。『陸上競技マガジン』4月号の受賞インタビューでは昨年が彼女にとって、動作の技術の取得や精神面での成長など、自分が変わっていくのがハッキリ分かる、ビックリするような1年だったと振り返っている。
 だがそれは昨年1年間だけの成果ではなく、練習帰りに歩く時や、ジョギングの時にも足の接地や腕ふりに注意し、日常生活のなかでもさまざまなことに注意を向けていたこれまでの積み重ねがあったからこそのものだ。

スランプに向き合う2人の姿勢

「性格が似ている」という池田(右)と丹野 【写真/陸上競技マガジン】

 同じグラウンドでは、同じく川本コーチの指導を受ける丹野麻美(福島大)が、400mなどのロングスプリント組とともに40秒走を行っていた。走る距離は約280m。こちらも3本2セットの合計6本。昨年は腰を痛めて実力を発揮しきれなかった丹野だが、今は故障も完治。持ち前のスムーズなフォームで、好調さを見せつけるような走りをしている。
 福島大1年の2004年に日本選手権400mを初制覇。その8日後にマレーシアで行われたアジアジュニアで自己記録を一気に0秒64更新する52秒88の日本新記録を樹立。丹野はそれだけに止まらず、05年には日本人女子初の51秒台となる51秒93をマーク。参加B標準記録を突破して、世界陸上ヘルシンキ大会へも出場したのだ。

 それまで大きなケガもなく順調な競技生活を送っていた丹野にとって、昨年の腰の故障は初めての経験だった。危機に陥った丹野を見ていて、先輩の池田はどんなアドバイスをしたのか。
 インタビューと同じ日に行った池田・丹野対談でその疑問をぶつけてみると、池田があっさり「丹野の性格は自分と似ている感じなので、あえて何も言わなかったですよ」と答えた。そして丹野も「初めての経験で戸惑う部分もあったけど、長い陸上生活の中でこういう時期があってもいいのかな、と思っていました」と、他人ごとのように答えるのだ。
 丹野がいない席でも池田はこう言った。
「小さいころは成績を出して人にチヤホヤされるのがうれしかったんです。『久美ちゃんすごい、すごい』ってほめられるのが。それが高校生になって太っちゃったりして記録がでなくなると、逆に人から『久美ちゃん、大丈夫? 大丈夫?』って言われるのが嫌になってしまったんです。陰では『池田さんはもう、ピークを過ぎちゃったんだよね』なんて言われてたし。だから内向的になってしまって、『見ないで、見ないで』っていう気持ちになってたんですよ」
 高校時代に伸び悩んでいた池田が、中学3年の時に出した6m19の自己記録を更新したのは、大学2年になってからだった。
「小学生でチャンピオンになった経験だけでなく、長いスランプに苦しんだ経験もあった。それらのすべてが凝縮されていいエキスだけが集まって来たような状態が今だと思うんです。だから丹野が去年ダメだったけど、あれはあれで彼女にとっても必要な時期だと私は思ってたんです」
 池田がそんな態度をとったのも、丹野の実力を信頼しているからこそなのだ。その期待に応えるように、丹野は好調に冬期練習を消化している。

苦境を乗り越え、大舞台でさらなる高みへ

トップアスリートとして、意識を高める丹野。2007年、女子陸上界の新たな扉を開いてくれるだろう 【写真/陸上競技マガジン】

 川本コーチは言う。
「丹野は今年、多分、日本記録を出すでしょうね。本人は世界を視野に入れて、世界陸上の予選をきっちり通過して準決勝へ進むというのを課題にしていますから。最近は池田がトップアスリートとしての気持ちの持ち方などをよく話しているから、その辺で意識も高くなってるんでしょうね。池田の方は、今年も最初はスピード確認で100mハードルを走るけど、とりあえずは6m90台をコンスタントに跳べる力をつけることが目標ですね。その中で一発引っかかって7mいけば嬉うれしいですけどね」
 技術も意識も向上している池田と丹野。彼女たちにとって今年は、日本女子トラック&フィールドの新たな1ページを開く年になる。

<了>

『陸マガ』4月号に“池クミ”インタビュー掲載

※3月14日発売の陸上競技マガジン4月号では、大阪世界選手権で活躍が期待される池田久美子(走幅跳)の単独インタビュー&丹野麻美(400m)との日本記録保持者対談のほか、高平慎士(短距離)、内藤真人(110mH)、石野真美(100mH)、錦織育美(棒高跳)らの07年シーズンへの思いを掲載。
 昨年の日本選手権で13年ぶりに日本記録を更新した醍醐直幸(走高跳)の詳細な跳躍フォーム分析とそこから導き出された技術向上のためのヒント、新入生勧誘のポイントをまとめた「部員増加計画・中学編」など、実用的な情報も掲載している。
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著者プロフィール

1953年1月26日長野県生まれ。神奈川大学工学部卒業後、『週刊プレイボーイ』『月刊プレイボーイ』『Number』『Sportiva』ほかで活躍中の「アマチュアスポーツ」専門ライター。著書『誰よりも遠くへ―原田雅彦と男達の熱き闘い―』(集英社)『高橋尚子 金メダルへの絆』(構成/日本文芸社)『船木和喜をK点まで運んだ3つの風』(学習研究社)『眠らないウサギ―井上康生の柔道一直線!』(創美社)『末続慎吾×高野進--栄光への助走 日本人でも世界と戦える! 』(集英社)『泳げ!北島ッ 金メダルまでの軌跡』(太田出版)ほか多数。

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