鉄人たちの終わらない戦い

t.SAKUMA
 先日、UFC91にて“鉄人”ランディー・クートゥアがブロック・レスナーとヘビー級タイトルを争った。クートゥアは1966年生まれで、今年45歳。年齢を考えれば、世界最高峰の格闘技大会にて、タイトルマッチを争っていること自体が奇跡的ですらある。しかし、クートゥアだけでなく、ほかにも鉄人と呼ばれる人たちがいる。鉄人たちはなぜ戦うことをやめないのか。

 94年11月5日。この日、ボクシングWBA世界ヘビー級王者選手権試合にて、ここまで35戦35勝(30KO)とパーフェクトレコードだった王者マイケル・モーラーを右ショート一発でマットに沈めたのは、20年ぶりの世界王者に返り咲きとなったジョージ・フォアマン45歳(当時)だった。
 フォアマンは74年、アフリカ中部のザイール(現・コンゴ民主共和国)で真夜中に行われた俗に言う“キンシャサの奇跡”でモハメド・アリに負けてWBC世界王座から陥落。フォアマンは、その3年後にグローブを置き宣教師となる道を選んだ。そして、10年間の引退期間を経て、87年に38歳でリングに復帰すると、94年、45歳と10カ月でマイケル・モーラーから王座を奪うまでに実に24試合と多くの試合を戦った。フォアマンは戦った動機は金ではないとして、ファイトマネーの多くを慈善事業に使ったという。

 63年生まれのランディ・クートゥアは、レスリングでグレコローマンの選手として、全米体育協会と全米選手権の王者にそれぞれ2度輝く実績を引っさげ、97年に33歳でUFCに参戦。その年、日本で行われたUFC Japanにてモーリス・スミスを破りヘビー級王者になった。そして、それから11年経った45歳の今年、いまだに現役のトップ選手として活躍。先日、ブロック・レスナーとのUFCヘビー級タイトルマッチには敗れはしたものの、試合後にはこれからも現役を続ける旨のコメントを出したという。

 日本にも、鉄人はいる。ボクサーの元・東洋太平洋2階級王者で日本ミドル級王者でもあった西沢ヨシノリは66年生まれの42歳。すでに国内ではプロライセンスが発行されない状態だが、戦いの場を海外に求めて今なおリングに上がっている。今月には韓国にて試合を行い、KO勝利を収めている。
 同じく、ボクサーで国内最年長選手である元・日本フライ級王者の猪崎かずみは63年生まれ。今年の8月に試合を行い判定勝利を収めている。
 キックボクサーのケイゾー松葉は58年生まれの現在50歳で、先日、49歳最後の日にプロの大会に出場。結果は判定負けとなったが、デビューしたのが79年3月なので、すでに30年に渡りプロ選手として活動してきたことになる。
 総合格闘家の大石真丈は今月で40歳になるも、現在5連勝中。CAGE FORCEの初代バンタム級王者決定トーナメントでは年下の実力者たちを破り、12月に行われる決勝戦に進出している。

 決して数多いとは言えないが、30代後半でも、さらには40歳代でも戦っている選手は少なくない。そして、彼らは技術や体力においても、若い選手たちに負けないものを持ち、戦う心を持っている。
 いまだに、日本でもっとも人気のあるボクサーの一人と言ってもよい、辰吉丈一郎は今年で38歳。前述した格闘家たちから比べると、まだ若い部類に入る。
 しかし、日本国内では規定によりプロライセンスの発行を認められない。そんな辰吉は、先日、タイに渡り5年ぶりの試合を行った。試合は2ラウンドKO勝利。しかし、後日、この試合のタイ人プロモーターが日本のコミッションと会談し、今後は辰吉を試合に起用しないように、というコミッションからの要請を承諾したとされる報道があった。この一件、なぜ日本のコミッションが、それほどまでに辰吉が試合をすることを拒んでいるのかが、報道されている記事の範囲からでは伝わってこない。

 今回の辰吉の試合を見た多くの関係者が、全盛期と比べるとあきらかに劣っていると辰吉の現状を指摘する。しかし、そのことと、試合をする、しないは、まったくの別次元の話だ。たとえ、辰吉のボクサーとしての能力がすでに低下していたとしても、本人が健康で戦う意志がある限り、誰も辰吉の海外での試合を止める権利はないはずだ。
 コミッションが辰吉に直接ではなく、タイのプロモーターを通して、試合をできないようにするという行為は理解できない。

 先日、キックボクシングの「ナイスミドル」という、40歳代の選手が中心となって出場するアマチュア大会を取材した。すでに中年と言われて久しい彼らが、なぜ戦いの場に立つのか聞いてみたかった。しかし、試合が終わって控室に戻ってくる選手たちに、大会への出場動機を聞いてみても、答えに共通点は見いだせなかった。それぞれが、特に大それた理由があるわけではなく、自らの意志でリングに上がっていた。

 もしかしたら、戦うことに理由など必要ないのかもしれない。ここ数年、マラソンがブームといわれて久しいが、マラソンも格闘技と同じく個人競技であり、自らの意志があれば出場することができる。人が生きていく上で、何かに挑戦するという行動は正常な証であり、むしろ、人は本能的にそういった挑戦や、戦いのようなものを求めるているのかもしれない。
「年齢とは、ただの数字に過ぎない」とは40歳を超え、なおK−1のトップファイターとして活躍していたアーネスト・ホーストの言葉として、前述した「ナイスミドル」の大会でコピーとして使われている。今回のコラムで紹介した選手たちの戦う姿を見れば、この言葉が決してホーストのみに当てはまる話ではないと感じられる。大切なのは年齢や体力ではなく、戦おうとする意志であり、気持ちがあれば人は戦い続けることができるということを多くの選手たちが教えてくれる。

 冒頭で書いた、74年の“キンシャサの奇跡”。それまで40戦40勝と無敵の王者だったジョージ・フォアマン。そのフォアマンから、下馬評を覆し、8ラウンド勝利をもぎ取ったモハメド・アリは、こう言っている。「意志はどんな技術よりも強くなくてはならない」と。
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