結果が手段を正当化する=J1残留争い

海江田哲朗

異様な残留争い

大宮に勝利して降格圏から脱したものの厳しい残留争いに頭を悩ませる東京ヴェルディの柱谷監督 【Photo:YUTAKA/アフロスポーツ】

 今季のJ1残留争いは、異様だ。たとえば昨季、第28節終了時の勝ち点は、16位ヴァンフォーレ甲府の25、17位大宮アルディージャ(以下、大宮)の24、18位横浜FCの11。例年、この時点で30を超えていれば、おおよそ残留のメドを付けられるものだが、今季はそれが通用しないスリリングなシーズンとなっている。

 第29節、J1残留の懸かった直接対決として注目を集めた、東京ヴェルディ(以下、東京V)と大宮の対戦。ともに勝ち点32で並びながら、得失点差により東京Vが16位、大宮が17位という状況だ。

 前半、特記すべきことは少ない。両チームともリスクを冒して前に出ず、中盤のつぶし合いで時間が淡々と過ぎていった。それでも敵陣でゲームを進めようとする姿勢はホームの東京Vの方が勝っていたが、スペースをほとんど与えない大宮の守りを前に効果的な攻撃を打ち出せなかった。一方の大宮は、奪ったボールをすぐさま前線のラフリッチへ。ロングボールを主体とする戦術で対抗したが、こちらもチャンスらしいチャンスを作り出せずにいた。

 結局、前半のうち決定的なチャンスは互いに一度ずつ。39分、東京Vは左サイドからディエゴがクロスを入れ、平本一樹が頭で合わせるが、GK江角浩司がキャッチ。41分、大宮は金澤慎がフリーでシュートを打つも、那須大亮がブロックした。

「特に前半は、ガチガチに固いゲームだった。相手だけでなく、自分たちも。見ている人は、きっとつまらないサッカーだと感じたと思う。ただ、状況が切迫しているから、こういう試合になる予感はあった」(東京V・DF服部年宏)

 動きの小さいゲームにならざるを得なかった要素はいくつかある。この試合を含めて残り6つ、じっくり腰を据えて勝ち点を積み上げる時期はとうに過ぎたが、かといって捨て身となってイチかバチかの勝負を仕掛けるにはまだ早い。そんなタイミングでの直接対決である。9位のヴィッセル神戸以下、勝ち点37から32までに9チームがひしめく状況も心理的に影響しているだろう。勝って残留争いから抜け出すより、負けて沈むのを恐れる。

 後半、最初にチャンスをつかんだのは大宮だった。50分、最終ラインの裏に内田智也が走り、こぼれ球を金澤がシュート。しかし、枠をとらえられず、ボールはポストの右を抜けた。61分、東京Vは福西崇史のスルーパスに平本が反応し、GKと1対1となるがゴールを決められない。ここから東京Vは立て続けに3本のシュートを放っている。前半と比べ、大宮の守備は横の揺さぶりに対応が遅れるシーンが見え始め、縦にパスが通るようになっていた。

 後半の半ばに差し掛かり、どちらが先に交代カードを切るか注目したところ、これまた申し合わせたように同時。74分、東京Vは飯尾一慶を下げ、廣山望を投入。大宮は藤本主税に代わって、土岐田洸平がピッチに立った。

 廣山はドリブルでボールを前に運ぶことにより、チームにさらなる推進力を与えた。そして、この試合の決勝ゴールのアシストという大仕事もやってのける。いよいよドローの匂いが漂い始めた82分、中央の廣山からディエゴに浮き球のパス。大宮は波戸康広が左側から激しく身体を寄せるが、ディエゴは身体の強さを生かしてブロックし、最後は落ち着き払ってGKの脇の下にボールをくぐらせた。喜びをあらわに両手を広げて疾走するディエゴは、タッチラインの外で出迎えるベンチの選手たちに包まれ、すぐに見えなくなった。その様子は現在の東京Vを支える結束力を如実に物語っている。

甦ってきた感覚

「ハーフタイムのとき選手に伝えたのは、ホームゲームなのだから怖がらずにもっと前に出ようということ。ボールを縦に入れて、そこへのフォローを早くしていくといった今までの取り組みを表現しようと話しました。大宮がしっかりブロックを作り守っていたので、こじ開けるのは難しいかと思いましたが、最後にディエゴがよく決めてくれた。この重苦しいゲームで、勝つという結果を出せたことに満足しています」(東京V・柱谷哲二監督)

「この中断期間を利用して、やるべきことを明確に、いい準備をしてきました。選手たちは最後までそれを表現しようと一体感を持ってやってくれましたが、それだけに結果につながらなかった、勝ち点ゼロに終わったことはとても残念で申し訳なく思います。ラフリッチにボールを集めたのは戦術的な狙いの一つ。彼が動いたあとのスペースを使う狙いもあったが、そこは出し切れなかった。やるべきことが中途半端になってはいけないので、なんとか続けていきたい。ただ、前線のターゲットにあてるときとポゼッションするとき。そこの使い分けは、よりはっきりさせていかなければと考えています」(大宮・樋口靖洋監督)

 この差し迫った状況では、結局のところ結果が手段を正当化するのである。ラフリッチを最大限に使う大宮の戦術は成功しなかったが、もし引き分け以上の結果を手にすることができれば、妥当な手段と受け取られただろう。逆に柱谷監督は、ホームだから積極的に行こうと言うわりに交代カードの切り方が慎重すぎるのではないかと、さい配によって流れを引き寄せる手腕を問われていたに違いない。両監督の表情は正反対だったが、そのあたりの厳しさを感じさせる点では共通していた。

 試合後、廣山が印象的な言葉を残している。
「ゴールを決めたディエゴがみんなと抱き合う様子を見て、身体の中に甦(よみがえ)ってくる感覚があった。昨季の昇格争いのときにあった、目の前の試合を懸命に戦い、勝つことで生まれる感覚。ほかの選手も同じように感じたんじゃないかな。とにかく、今日の勝ち点3によってこれまでもがいていたものが形になった気がする。この感覚を最後まで失わずにいたい。大事なのは、続けていくことですから」

 東京Vは14位にランクアップし、目指すJ1残留に大きく前進した。残り5試合、1勝2分け(2敗)の勝ち点5プラスで入れ替え戦も回避できると読んでいる。懸念材料は、あと1枚のイエローカードで菅原智が1試合、ディエゴが2試合の出場停止となることだ。一方、この試合で見せた大宮のリアリスティックな戦術は、失点を減らし、接戦に持ち込むことは可能だろうが、はたして勝ち切るまではどうか。残留ラインを勝ち点30台後半に想定し、2勝以上が必要となれば(数字上は1勝4分けでも可だが)相当苦しいと思われる。故障で離脱中のデニス・マルケス、小林慶行のスタメン復帰のタイミングがカギを握りそうだ。

<了>
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著者プロフィール

1972年、福岡県生まれ。獨協大学卒業後、フリーライターとして活動。東京ヴェルディを中心に、日本サッカーの現在を追う。主な寄稿先に『週刊サッカーダイジェスト』『サッカー批評』『Soccer KOZO』のほか、東京ローカルのサッカー情報を伝える『東京偉蹴』など。著書に、東京ヴェルディの育成組織にフォーカスしたノンフィクション『異端者たちのセンターサークル』(白夜書房)がある。

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