“赤い悪魔”に受け継がれる熱い意思=クラブW杯

東本貢司

“サー・アレックス”が“サー・アレックス”である理由

欧州覇者マンUのファーガソン監督 【Photo:Matthew Peters/Manchester United via Getty Images/AFLO】

 ユナイテッド・フットボールの本質を端的に言い表すなら、それは「きびきびとしてバランス巧みな緩急の冴(さ)え」である。長短織り交ぜたワンタッチパス交換を、試合展開に即してよどみなく繰り出すそのスタイルを、ときに人は「スペクタクルで潔い」と形容する。例えば、自陣コーナーフラッグ手前でボールデッドをもくろむような、勝負にこだわった時間稼ぎ戦術はめったに見られない。可能な限り、点を取りに行くポジティブマインドを絶やさないのが身上。アンチ・ユナイテッドファンですら、憎々しげな口調ながらも(ときには、そこがつけ目にもなり得るとひそかにほくそ笑んだりもして)概してそれを認めている。

 だが、サー・アレックスが一貫して配下のプレーヤーたちに口を酸っぱくして言い聞かせ続けている“不文律”のモットーを知る人はそう多くない。
「敵に嫌われるプレーヤーになれ」
 怯(おび)えさせろ、覇気で圧倒せよ、と言い換えてもいいかもしれない。あるいは、戦士として心理的に上位に立つ姿勢を心掛ける旨と解釈すれば、いわゆる“マインドゲーム”の達人たるサー・アレックスならではの基本訓示だとうなずけるだろう。

 この老獪(ろうかい)なコンダクターは、率先して“悪役”を演じる。それを責務と自認している節さえある。ときには無意識にそうしているのかと思わせるシーンも少なくない。
 悠然と、戦前に相手の監督や警戒するプレーヤー、また担当レフェリーの心を惑わすかのような“ジョーク”を漏らすのは常套(じょうとう)作戦。あのモスクワでのハーフタイム明け直前、レフェリーにさっと駆け寄って耳打ちした警告は、まさに面目躍如たるものだ。
 いわく「ドログバから目を離さないように頼むよ。でないとこっちに負傷者が出る」
 果たして、ヴィディッチと激しくやり合った“ディディエ君”は退場処分に遭い、チェルシーはむざむざ確実なPKキッカーを失うことになった……。

ユナイテッドが日本にやってくる

 ややもすればアンチ・ユナイテッド(もしくはアンチ・ファーガソン)を増やしかねないエピソードではあるが、とにかく、一見爽快(そうかい)にも映るユナイテッド・フットボールには、そんな“辛い”血も内に脈打っているのだ。奇麗、潔いだけでは、かつての個人技がモノを言った時代とは隔世の感がある“ハード・アス(非情)”な現代フットボールでは勝てない――そう考えれば、多分に見直すべき説得力も出てくるというものだろう。

 いや、その「妥協を許さない」ハートがあるからこそ、プレーの一つひとつに確固たるバイタリティーが生まれ、見るものを熱くさせるのだ。誤解のないように。何も、それがユナイテッドの専売特許と言うわけではない。いち早く打倒ユナイテッドを目指したヴェンゲル・アーセナルの見るも鮮やかな高速パススタイルはまさにそのものだし、ベニテス以降のリヴァプールにもその影響がはっきり見て取れる。ヴェンゲル、そしてアデバヨールはいみじくも今シーズン開幕前に宣言した。
「“ダーティーな辛さ”も辞さない。今まで以上に勝ちにこだわる」
 つまり、ユナイテッドは先駆者であり、また、年季が少々違うと言えばふさわしいだろうか。あるいは、そんなユナイテッドがプレミア創設後の90年代を席巻したことが、今日のとにかく熱くて強いプレミア優位論につながっていると考えていいと思う。プレミア勢のCL上位独占やモスクワのイングランド決戦は、かくして出来した!?

 そして、来る12月のクラブワールドカップにやってくるユナイテッドは、一時アーセナル、チェルシーに奪われた王座を奪回してみせたように、9年前よりさらに進化した“ハード・アス・スペクタクル”を、日本のファンの目の前で証明してくれるはずだ。ただし、公平な視点に立てば、シーズン半ばの過密時期に長旅を強いられる点は割引材料として心得ておこう。
 とはいえ、その頃には“問題児”クリスティアーノもわだかまりが(願わくば)完全に解け、フルフィットネスを取り戻していることだろう。2年目のナニ、アンデルソンの真価も見届けられそうだ。ギグスや、近い将来の引退を示唆したスコールズの雄姿、熟練のスキルとセンスもあらためて目に焼き付けたい。

 そして、新しい発見の焦点として、久しぶりに名乗りを挙げた生え抜きの若武者、フレイザー・キャンベルの名を挙げておく。ベルバトフ加入のうわさが高まる中、敢然と「ポジションを争う」と決意を表明したハートも頼もしい。なんとなれば、スールシャールの功労試合で唯一のゴールを挙げた当人でもある。そう、予感がする。マット・バズビー時代からのユナイテッドの伝統を受け継ぐ目玉スター候補として、キャンベルに集まる期待は想像以上に大きい。

(9月2日編集部後記:欧州移籍マーケット締切日にベルバトフがユナイテッドに加入、キャンベルはトッテナムへ期限付き移籍した)

<了>

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著者プロフィール

1953年生まれ。イングランドの古都バース在パブリックスクールで青春時代を送る。ジョージ・ベスト、ボビー・チャールトン、ケヴィン・キーガンらの全盛期を目の当たりにしてイングランド・フットボールの虜に。Jリーグ発足時からフットボール・ジャーナリズムにかかわり、関連翻訳・執筆を通して一貫してフットボールの“ハート”にこだわる。近刊に『マンチェスター・ユナイテッド・クロニクル』(カンゼン)、 『マンU〜世界で最も愛され、最も嫌われるクラブ』(NHK出版)、『ヴェンゲル・コード』(カンゼン)。

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