わずかながらも一歩前進、男子レスリング復活の兆し=北京レポート
笹本はアルメニアのカレン・ナツァカニャンに第1ピリオド2−0、第2ピリオド3−0と完封勝ちを収め幸先のいいスタートを切ったが、続く2回戦、アトランタ、シドニーでオリンピック2連覇の宿敵ブルガリアのアルメン・ナザリアンにピリオドスコア1−2で敗れた。
14日、84キロ級・松本慎吾(一宮運輸)、96キロ級・加藤賢三(自衛隊体育学校)が相次いで初戦敗退し、グレコローマンスタイルがメダルゼロに終わると、1952年のヘルシンキ大会以来50年以上にわたって続いてきたメダル獲得の伝統が途切れるかと心配されたが、日本男子レスリング最大のピンチに松永共広(ALSOK綜合警備保障)、湯元健一(日体大助手)が爆発した。
集大成で臨んだ松永「くやしい気持ちもあるが、よしとしたい」
オリンピック開幕が迫っても頑ななまでに自分の調整法を貫く一方、合宿の合間をぬって北京を訪れ、入念に下見。同行した住職である父に工事中の試合会場で御祓いをしてもらった松永は、迷うこなく自分を信じ、快進撃を続けたが、ここで力尽きたか。アメリカのヘンリー・セジュドとの決勝戦ではいいところなく、ピリオドスコア0―2で敗退。
それでも、銀メダルを奪取して日本男子レスリングの意地を見せつけた松永は、「くやしい気持ちもあるが、自分のレスリング人生の集大成だと思って臨んだオリンピックで成績を残せたのでよしとしたい」と語った。
湯元、早くも決意はロンドンへ「この銅は通過点」
「自分が出場させてもらった大会で伝統が途切れるのだけは、イヤだった。プレッシャーはありましたが、今はホッとしています。このメダルは通過点です」
23歳、日本レスリング選手最年少の湯元は、早くもロンドンへ向けての決意を固めていた。
前回のアテネオリンピックと比べて、女子は同じ金2・銀1・銅1、男子は銅2から銀1・銅1へ。
「わずかながら1歩前進。選手たちは本当によくがんばってくれました。“ありがとう”」富山英明監督がそう語ると、日本選手団団長を務める福田富昭・日本レスリング協会会長も「男子も少しずつ復活の兆しが見えてきた」と手応えを感じていた。
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