ただ強さを求め――伊調千春の流儀=女子レスリング連載第2回

宮崎俊哉
 8月8日の北京五輪開幕まで1カ月を切った7月9日、レスリング五輪試合用ウェア(シングレット)が公開され、選手たちもいよいよ本番モードに突入した。北京五輪に臨む女子4選手の中で一番、本番を心待ちにしているのは伊調千春かもしれない。4年前のアテネ五輪では決勝で敗れ銀メダル。妹・馨との姉妹金メダルの夢を絶たれた千春はこの4年間、あと一歩で手の届かなかった“夢”のために死に物狂いで練習を重ねてきたのだ。

アテネ銀で「こんなメダルなら欲しくありません」

アテネ五輪で銀メダルに終わった千春(右)。姉妹金メダルの夢は北京まで持ち越し 【写真は共同】

 4年前のアテネ五輪、伊調千春(ALSOK綜合警備保障、当時・中京女子大)は決勝戦でイリナ・メルレニ(ウクライナ)と対戦。2−2の同点ながら、消極性を取られたパッシーブの差わずか1つで敗れ、銀メダルに終わった。
 表彰台に上がっても、唇をかみしめ、憮然とした表情を続ける千春。
「応援していただいた多くの方々に申し訳ない。こんなメダルなら欲しくありません」
 テレビのインタビューにそう答え、一部ではバッシングも受けたが、彼女をよく知る人なら「千春らしい」と納得したことだろう。現状に満足せず常に上を目指してきた、この負けず嫌いがあったらからこそ、千春は北京五輪で金メダル候補に挙げられるトップ・アスリートになることができたのだ。

 4歳上の兄・寿行の影響で5歳からレスリングを始めた千春は、チビッ子レスリングで頭角を表し、中学では全国大会で活躍するほどの選手に成長していた。高校は中学3年のときにJOC杯ジュニアオリンピックで敗れた選手がいるという理由で、青森県八戸の実家から遠く離れた京都・網野高校に進学。強豪校で鍛えられ、高校選手権2連覇をマークしたが、千春はそんなことでは少しも喜んでいなかった。同じ部で練習する同級生の正田絢子が17歳で世界チャンピオンとなったのを見て、「いつかは自分も世界で戦える選手になる」と誓った。

私が頑張れば2人の夢は叶う

 保母さんになりたいという夢を捨て、レスリングの名門、東洋大に進んだ千春は、世界ジュニア選手権で優勝を遂げた。しかし、それでも練習環境に満足せず2年で中退すると、2002年中京女子大に入学し直した。付属高校には妹・馨(ALSOK綜合警備保障)がいて、栄和人監督率いる“中女”の練習の厳しさはよく聞いていたが、大学を変えた理由はそれだけではない。
 同郷で子供の頃から何度も対戦し、いつも勝っていたのに、高校3年からは3連敗。しかも、大学2年のときの2001年ジャパンクイーンズカップでは0−10のテクニカルフォール負けを喫した1学年上の坂本日登美(自衛隊体育学校)がいたからだった。
「このままでは日登美に勝てない」
 千春は、なんとライバルを鍛え上げた大学に飛び込んでいったのである。2002年千春と馨は、姉妹合わせて7度も世界選手権で優勝を飾っている山本美憂・聖子も成し遂げられなかった世界選手権姉妹同時出場を果たした。馨は優勝したが、千春は決勝戦、延長の末に敗れ2位となり、姉妹同時優勝は逃したが、姉妹でのメダル獲得は偉業である。だが、というより案の定と言ったほうがいいか、千春はこの結果に満足しなかった。さらに厳しい練習を重ね、2003年には、ついに世界選手権姉妹同時優勝を達成した。

 そして、迎えた2004年。千春はプレーオフにまでもつれ込んだ、坂本真喜子(中京女子大附属高)との過酷な同門対決を制し、馨とともにアテネ五輪に出場したが、結果は冒頭の通り。馨は金メダルに輝いたが、姉妹の夢は持ち越された。
 千春は、馨に全幅の信頼を寄せている。妹ながら、「最も尊敬する選手」とさえ断言する。
「レスリングがうまく、ズバ抜けたセンスを持っているのはもちろん、自分には決してマネもできないプラス思考。オンとオフの切り換えも速く、やるときはやるが、やらないときはやらない。いい意味で自分を休ませて、休むことも練習なんだとわかっています」
 北京五輪でも、馨は間違いなく2連覇する。千春はそう信じている。だからこそ、「自分が頑張ればって金メダルを獲れば、二人の幼い頃からの夢は叶う」と確信している。

頂点を目指し1歩1歩確実に

 千春ほど“クレバー”なレスリング選手はいないだろう。まじめで、努力家。絶対に妥協せず、どんなときでもストイックに自分を追い込み、真摯にレスリングに取り組んでいる。だからこそ、一気に駆け上がることはできなくても、1歩1歩確実にここまで昇ってこれたのだろう。中学よりも高校、高校よりも大学と成績を伸ばし、ライバルたちを追い越し、進化し続けてきた。初出場の世界選手権では銀メダルだったが、2度目の世界選手権ではしっかり金メダルをつかんだ。
 それが、伊調千春の歩んできた道。彼女の生き方だ。オリンピックでも同じこと。2度目となる今度こそ力を出し切り、満足できる成績を残してくれるだろう。
 頂点はもう、そこまで迫っている。
 あと残り、わずか。これまでやってきたように、たった1段だけ上がれば、史上初の快挙「オリンピック姉妹同時金メダル」の夢が実現する。
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