ベンフィカ「1人負け」の1年

市之瀬敦

■リーグ戦はFCポルトの1人勝ち

FCポルトは八百長疑惑で勝ち点6をはく奪されながらも、圧倒的な力でリーグ3連覇を果たした 【Photo:ロイター/AFLO】

 一方、選手の育成という意味ではポルトガル随一、というよりもヨーロッパでもトップレベルにあるスポルティングは、ミゲル・ベローゾやジョアン・モティーニョといったアカデミー出身の若手もおり、メンバー表を見る限りではポルトに引けを取らないようにも思えた。しかし、若さゆえなのか、シーズンを通しての戦いぶりが不安定で、特にアウエーでの弱さが足を引っ張った(ホームだけの成績なら優勝だ!)。また、冬場にけが人が続出したのも痛かった。
 とはいえ、ずいぶんと批判にさらされたパウロ・ベント監督を解雇せず最後まで持ちこたえさせたのがよかったのだろう。5位まで落ちた順位を最後には2位まで上昇させ、来季CLへの出場権を確保したのは立派である(ベント監督は来季もやる気満々だ)。心配なのは、この夏にベローゾやモティーニョといった有望選手が海外クラブへ移籍する可能性が大だという点。となると、ポルトガルの養成場からヨーロッパの養成場になったのはよいが、近未来においてヨーロッパの強豪チームになるのは難しいのかもしれない。

 2部から上がってきたばかりのギマラエスの健闘は、はっきり言って驚きであった。確かにギマラエスはポルトガルサッカーの古豪であり、1部リーグでも伝統がある。しかし、いきなり3位に食い込み、CL予選3回戦の出場権を得たのは称賛に値しよう。
 アウエーのゲームでこつこつと引き分けを拾ったのが最後にはものをいった。監督のマヌエル・カジューダは、昨シーズンはギマラエスの1部昇格の立役者となり(ちなみに息子のジョアン・カジューダは本当に役者だ)、今季は3位へとチームを導いた。彼もまたポルトガルを代表する監督の1人になったと言ってよいだろう。

 そして、FCポルト。あとで触れるが、八百長疑惑で勝ち点「6」をはく奪されながらもぶっちぎりの優勝である。2位のスポルティングに勝ち点14の差を見れば(はく奪がなければ20点差!)、ポルトガルリーグはポルトの1人勝ちと言ってよいだろう。
 今季のMVPに値するリサンドロ・ロペスとリカルド・クアレスマがリーグナンバーワンの攻撃陣を支え(2人で32ゴール、9アシスト)、そして守備の堅さもリーグ随一。しかも戦術眼に長けたアシスト王ルチョ・ゴンサレスがいる。となれば、優勝も当然なのである。
 ベンフィカでは結果を出せなかったジェズアルド・フェレイラ監督も、ポルトではピント・ダ・コスタ会長の信頼を受け、シンプルだが組織のしっかりとしたチームを2年目にして確立してみせた。すでにボジングワの放出も決まり、さらに数名の選手の変更はあるだろうが、チーム作りにぶれのないポルトのことだ。来季も最大の優勝候補である。

 さて、昨年8月のコラムでは、注目クラブにマリティモとセトゥバルを挙げておいた。正直に告白するが、この2チームが5位と6位に食い込み、共にUEFA杯の出場権を得るとは夢にも思わなかった。読んでいただければわかるが、ピックアップの根拠はち密な戦力分析などではなく、トピックの興味深さであり、地理的バランスでもあった。
 それでもマリティモでは、MFブルーノ、GKマルコスといった選手が頑張りを見せ、セトゥバルでもブラジル人FWクラウジオ・ピチブウや代表に呼ばれても不思議ではないGKエドゥアルドの活躍が光った。サッカー的な裏付けは乏しくとも、両チームを取り上げたことを、私は少しだけ自慢したくなるのである(しかもセトゥバルは初代リーグ杯王者に輝いた)。ただ残念なことに、マリティモのラザローニ監督は来季はもう指揮を執らないようである。

 1年を振り返ると、2つのカップ戦でスポルティングが意地を見せたとはいえ、やはりポルトの強さばかりが目立った2007−08年のポルトガルリーグ。いよいよ「3大クラブ」=「3強」の時代が終わり、「3大クラブ」しかし「1強」の時代となるのか? 来季はそのあたりの見極めを中心にウォッチしようと思う。

■「最後のホイッスル」を始まりに!

 ポルトガルサッカー界に激震を走らせた、いわゆる「黄金のホイッスル」(アピト・ドラード)事件の勃発は2004年のことであった。ポルトガルの司法警察が、ポルトガルサッカー界の大物2人、FCポルト会長ピント・ダ・コスタと元ボアビスタFC会長にして元ポルトガルプロサッカーリーグ会長バレンティン・ロレイロを審判買収の容疑で訴えたのである。
 サッカーそのものだけでなく、サッカー界の醜聞報道が大好きなのはどこの国も同じだろうが、その時ポルトガル・メディアはバケツをひっくり返したような大騒ぎとなったものである。とはいえ、忘れっぽいのもメディアの本質、しばらくすると世間は笛吹けど踊らずといったありさまになるのだった。

「黄金のホイッスル」が次に注目を集めたのは、2006年12月にコスタ会長の元愛人女性カロリーナ・サルガードが『私、カロリーナ』という暴露本を出版した時のことだろうか。その時もまた一時期ポルトガルは大騒ぎであった。私も同著を読んでみたが、カロリーナ・サルガードという女性の波乱万丈の半生、コスタ会長との出会いと別離、さらにはコスタ会長の所業が赤裸々につづられていた。
 もちろん百戦錬磨のコスタ会長が黙っているわけもなく、別離後の2人のアフェアーは裁判沙汰となり、現在も裁判は継続中なのだが、それも時々メディアの話題になるものの、なんとなく尻すぼみという感じにも見えたのである。

 ところが、今月9日、ポルトガルサッカーリーグ規律委員会が「黄金のホイッスル」事件に関し重大な決断を発表した。それは正直言って、私には寝耳に水であった。しかし、その日、審判買収の容疑でFCポルトからリーグ戦の勝ち点「6」のはく奪、さらにコスタ会長には2年間の活動禁止を言い渡したのであった(選手の給料遅配で騒ぎを起こしたばかりのボアビスタFCは、やはり審判買収の容疑で2部リーグ落ちを宣告された)。規律委員会によるこの判断は「最後のホイッスル」(アピト・フィナル)と呼ばれる。
 この決断は最終決定ではなく、個人もクラブも処分の取り消しを求めることができるのだが、私は規律委員会が一つの判断を下したことは評価したいと思っている。クラブ会長が強大な権力を誇るポルトガルサッカー界において、勇気ある行為だと言ってよいだろう。
 FCポルトは勝ち点のはく奪は受け入れたものの、コスタ会長は処分の取り消しを求める意向を公表しており、「最後のホイッスル」の響きがどこまで届くのか未知数である。とはいえ、これがポルトガルサッカー界の闇の部分にメスを入れるきっかけになってくれればと期待もする。

 思えば、フィーゴやルイ・コスタやジョアン・ピントら「黄金世代」の登場とともに、ポルトガル人選手のメンタリティーは大きく変わった。それ以前は、ハーフタイムに相手チームのスター選手に試合後ユニホームの交換を申し出に行った選手がいたと言われるが、そんなことはもうない。今や、ポルトガル人選手はテクニックなら誰にも負けないという自信にあふれ、常に勝利を信じている。そして、逆に自分たちがあこがれの対象となったことも知っている。
 しかし、それに比べ、ピッチの外では相変わらず不明瞭な出来事が後を絶たない。だから今求められるのは、クラブやサッカー協会の運営を刷新することだ。規律委員会の判断を「最後のホイッスル」などにはしないで、ポルトガルサッカーを変えるための「最初のホイッスル」(アピト・イニシアル)としてほしいと願ってやまないのである。

<了>

2/2ページ

著者プロフィール

1961年、埼玉県生まれ。上智大学外国語学部ポルトガル語学科教授。『ダイヤモンド・サッカー』によって洗礼を受けた後、留学先で出会った、美しいけれど、どこか悲しいポルトガル・サッカーの虜となる。好きなチームはベンフィカ・リスボン、リバプール、浦和レッズなど。なぜか赤いユニホームを着るクラブが多い。サッカー関連の代表著書に『ポルトガル・サッカー物語』(社会評論社)。『砂糖をまぶしたパス ポルトガル語のフットボール』。『ポルトガル語のしくみ』(同)。近著に『ポルトガル 革命のコントラスト カーネーションとサラザール』(ぎょうせい)

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント