ベンフィカ「1人負け」の1年

市之瀬敦

ポルトガル杯はスポルティングの2連覇

 5月18日、リスボン郊外にある国立競技場でポルトガル杯の決勝戦が行われた。対戦したのは圧倒的な力の差を見せつけてすでに4月リーグ戦を制していたFCポルトと、昨年に続きカップ戦2連覇を狙ったスポルティングである。最近はポルトガル代表の合宿所といった感じもするが、やはり年に一度、ポルトガル杯の決勝戦の舞台としては、ジャモールの森(国立競技場の所在地)がふさわしいと思う。

 試合前日、スポルティングのパウロ・ベント監督は「ポルト有利」を明言していた。確かにリーグ戦での強さを見れば、誰もがポルト優勝を予想したくなるのは当然であっただろう。しかし、私はむしろスポルティングに勝機があるのではないかと考えていた。それは決してリスボンのベンフィカを愛する者としての反ポルト感情などではない。
 実は、シーズン開幕を告げるスーパーカップを含め、スポルティングは今季ポルトと3度対戦し、2勝1敗と対戦成績では上回っていたのである。しかも、ポルトの方はチェルシー移籍が決まったボジングワが欠場するなど、万全とはいえない状況だった。また、ポルトの選手たちはリーグ制覇で満足しきっているのではないかとも思えたのである。

 実際、試合が始まると、ボジングワの不在だけでなく、ポルトの選手たちにいつもの勢いがないように見えた。落ち着きを失い、ゲームの支配をスポルティングに委ねてしまっていたのだ。逆にスポルティングはデルレイ、ヤニック、イズマイロフといった攻撃陣がチャンスを次々と生み出したものの、この日エウトンの代わりにポルトのゴールを守ったヌノの好守に阻まれた。
 後半に入り、ポルトも反撃に出たが、70分、ジョアン・パウロがジョアン・モティーニョに対する危険なタックルで退場処分を受けると、ポルト勝利の可能性はほぼついえてしまった。90分間はなんとか持ちこたえたとはいえ、延長戦に入ると、疲労の色を隠すことはできず、交代出場のチウイーに2ゴールを許し、万事休すとなった。

 これでスポルティングのポルトガル杯優勝は15回目。もし負けていれば、優勝回数でポルトに並ばれているところだったのだが(こちらは13回)、なんとか優位を保つことができた(ちなみにベンフィカは24回!)。また、ポルトは7度目の「ドブラディーニャ」、すなわちリーグ戦とカップ戦の2冠を逃すことになった。
 シーズンを通し批判にさらされることが多かったスポルティング。しかし、昨年8月のスーパーカップ、そしてシーズン最後の試合ポルトガル杯決勝戦を制し、始まりと終わりを勝利で飾ることができた。FCポルトが傑出した存在になりつつあるポルトガルサッカー界だが、スポルティングの意地とプライドを感じることができた優勝であった。

ドタバタ劇を演じたベンフィカはCL出場権を逃す

2007−08シーズンはドタバタ劇を演じたベンフィカの1人負け。来季のCL出場権も逃した 【 (C)Getty Images/AFLO】

 さて、次はリーグ戦の話。昨年8月末、ポルトガルリーグが始まったばかりの頃だが、私はこのコラム欄でリーグ戦の展望を書かせていただいた。そこでは、ベンフィカ、スポルティング、そしてFCポルトの「3大クラブ」を中心に優勝争いが展開されるだろうという、誰でもできる(というよりはほかにはあり得ない)当たり前の予想、さらにはそれ以外で注目したら面白そうなチームをいくつか指摘しておいた。
 ベンフィキスタ(ベンフィカのファン)としては早々に白旗を上げたくはなかったのだが、内心はシーズン開幕前からFCポルトの優勝というのが本音であり、でももしかしたらスポルティングが案外と健闘するのではないか、そんな期待も抱いていた。今こうしてシーズンが終了し、ポルトのダントツの優勝、スポルティングの2位、そしてベンフィカの4位というふがいない成績を見ると、私の予想、いや(悪い)予感もおおむね当たっていたのだなと思うのである。

 特に、開幕前に主力シマン・サブローザを放出し、急きょフレディ・アドゥやディ・マリアを補強したとはいえ、開幕戦直後にフェルナンド・サントス監督を更迭。代わりにスペインからカマチョ監督を連れてくるなど、ドタバタ劇を演じたベンフィカが4位に甘んじ、チャンピオンズリーグ(CL)への出場権を逃したのも当然と言えば当然なのかもしれない。
 今年3月上旬には、「選手のモチベーションの欠如」を理由にカマチョ監督が辞任。同時にチームはUEFA杯にも敗れた。4月11日ホームでアカデミカに0−3で敗れ、4位に転落した後は、最終節セトゥバルに勝利し、ルイ・コスタの引退に花を添えるのが精いっぱいで、CLへの挑戦権さえ獲得できなかった。
 2部リーグから復帰したばかりのギマラエスの後塵さえ拝したベンフィカにとっては、またしても「忘れるための」シーズンとなってしまった。ポルトガル杯は準決勝で敗れ、新設されたリーグ杯も逃した。ルイ・コスタ最後のシーズンなのに、今季ベンフィカは何も勝てなかったのだ。「ビッグ・スリー」の中で、まさに「1人負け」である。

 引退したルイ・コスタはさっそくベンフィカのスポーツ・ディレクターに就任し、クラブの顔として活躍し始めたようだが、うれしい半面、私はちょっと心配もしている。心からベンフィカを愛するルイ・コスタであるから、全身全霊を込めてクラブの成功のために尽力するに違いない。
 しかし、もしベンフィカが失敗を繰り返した時、ルイ・コスタは誠実な人柄ゆえに責任を一身に背負ってしまい、大きな傷を負ってしまうのではないか――私はそれを憂えるのである。ルイ・コスタの成功はベンフィカの勝利であり、だからこそ彼には最大の幸福と幸運を祈るのだが、同時に不安も伴うのである。ルイ・コスタ本人も言っているが、彼はポルトガルを救うため霧の朝に姿を見せるセバスティアン王子ではないのだ(ポルトガルのセバスティアン王子は16世紀末、北アフリカの戦闘で行方不明となったが、いつの日にか救国のため戻ってくると信じられている)。

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著者プロフィール

1961年、埼玉県生まれ。上智大学外国語学部ポルトガル語学科教授。『ダイヤモンド・サッカー』によって洗礼を受けた後、留学先で出会った、美しいけれど、どこか悲しいポルトガル・サッカーの虜となる。好きなチームはベンフィカ・リスボン、リバプール、浦和レッズなど。なぜか赤いユニホームを着るクラブが多い。サッカー関連の代表著書に『ポルトガル・サッカー物語』(社会評論社)。『砂糖をまぶしたパス ポルトガル語のフットボール』。『ポルトガル語のしくみ』(同)。近著に『ポルトガル 革命のコントラスト カーネーションとサラザール』(ぎょうせい)

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