長谷部が見せる恐るべき適応力=ドイツの厳しい環境での変化

木崎伸也

ポリバレントな選手への変身

ボーフム戦で攻め込むボルフスブルクの長谷部(右奥)。もはやチームにとって欠かせない存在になりつつある 【写真は共同】

 ボルフスブルクには、ちょっと変わった恒例行事がある。ホームで行われる試合の前日夜に、選手とスタッフみんなで映画館に行く、というものだ。
 闘争心を煽るためなのか、戦争モノやアクション映画が多い。マガト監督の方針でコーラは禁止だが、スプライトはなぜかOK。試合前日だというのに、選手はポップコーンをむしゃむしゃ食べながら映画を観ている。
 ただ、ドイツ語が分からない選手にとって、これほど退屈な時間はないだろう。今年1月にドイツにやって来たばかりの長谷部誠は、クラブの公式マガジンのインタビューで「ドイツの生活で慣れないことは?」と聞かれ、「試合前夜の映画鑑賞です」と答えている。ボルフスブルクにはドイツ語が話せない選手がたくさんいるというのに、いったいマガト監督は何を考えているのやら……。

 しかし、長谷部が戸惑っているのはこの珍行事くらいで、そのほかの部分では恐るべき適応力を発揮している。
 たとえば、ポジション。
 まず長谷部に与えられたのが、ダイヤモンド型の中盤の底、いわゆる1ボランチだった。日本でやったことがなかったが、「(鈴木)啓太君の動きを参考にした」と言うように、研究を重ねてすぐにマスター。その後左MF、次に右MFとしても使われるようになり、今では3つのどこでもプレーできるようになった。浦和時代はダブルボランチの位置でプレーすることが多かったが、ドイツに来てからあっという間にポリバレントな(複数の役割をこなす)選手に変身したのである。

 長谷部はその理由を、こう説明する。
「考えてプレーすることは、レッズで学んできたので。周りを見て、自分のやるべきことを考えながら、プレーしています」

 先日、長谷部と食事をする機会があった。そのとき驚かされたのは、すべて彼がドイツ語で注文してくれたということだ。普通ドイツ語ができる人間がいると、その人に任せてしまうものだが、長谷部は「こういうときってドイツ語で何て言うんですか?」と質問して、その表現をすぐ使うようにしていた。語学のミスなんてちっとも恐れない、いい意味で日本人らしくない選手、という印象を受けた。

チームに欠かせない存在に

 4月15日のボルフスブルク対ボーフム戦で、長谷部は右MFとして先発したが、71分からは左MFとしてプレーした。ケガのためにスタンド観戦となった小野にアピールするかのように、何度もペナルティーエリアに飛び込んでゴールを狙い、惜しいボレーシュートも放った。
「伸二さんが来るのは連絡を取り合って知っていた。今日一緒にプレーできなかったのは残念です。伸二さんも見ているし、あとは日本でも放送されていると聞いていたので、もっといいところを見せたかった」
 試合は88分にカウンターから失点し、ボルフスブルクは0−1で負けてしまった。長谷部も運動量のペース配分など課題は残ったが、これまでの試合で一番ゴールへ迫ることができた。彼ほど走れてテクニックがある選手はおらず、もはやチームに欠かせない存在になったと言える。

 だから、地元ファンからの評判もいい。
 練習場に毎日のように駆け付けるマンフレッドさんは長谷部の家の数十メートル隣に住んでいるご近所さんで、「彼は豪邸に住んでいるね」と笑った。
「規律があるのがいい。マガト監督はそこを気に入っているんだと思う。最初は華奢(きゃしゃ)だと思ったけど、ユニホームを脱いだところを見たら、すごい筋肉だった(笑)。ブンデスリーガでも大丈夫だ!」
 実際、長谷部はドイツに来てから2キロ体重が増えたという。マガト監督から筋トレの別メニューを命じられ、その効果がもう出始めているのだ。

 女性からの人気も高い。ボルフスブルクの駐車場で“出待ち”をしていた13歳のザビーナちゃんは、「見た目がクール! 昨日サインをもらったわ。礼儀正しいところが好き」と目を輝かせた。
 記者からの評価も高く、『キッカー』誌のボルフ氏は「あのスタミナはチーム一だ」と絶賛。コーチのホラーバッハは「オープンな性格で、頑張ってドイツ語で話している。すぐにチームに溶け込んだ」と言う。

 こういう適応力が高いタイプは、厳しい環境に身を置けば置くほど伸びるはずだ。そういう意味でも、レギュラーがほぼ保証された浦和を飛び出して、長谷部が厳しい環境に身を置いたことは成功だっただろう。稲本のように1対1の守備が強いわけでもなく、小野のように特別なクリエーティビティーがあるわけではないが、また別の武器を持った日本人選手として、化けるような気がしてならない。

<了>
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著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始。

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