厳しさの裏側にある期待=高原と稲本、バイエルン戦を越えて

木崎伸也

対バイエルンの策は超守備的“8バック”

バイエルン戦でも闘争心やボール奪取には一定の評価を得た稲本(左)だが、周囲の要求はさらに高いところにある 【Photo:AFLO】

 まるで“8バック”じゃないか――。
 テレビ解説者がそう皮肉りたくなるほど、11月3日のバイエルン戦で、フランクフルトは超守備的なシステムを採用した。

 今季のバイエルンはリベリー、トーニ、クローゼらを補強し、大金を惜しみなく投じてスター軍団を作り上げた。さらに2年前、フランクフルトはミュンヘンの試合で、2−5という大差で負けている。だからフンケル監督は、ゴール前にセメントを積み上げるかのように、“守備だけ”にこだわった布陣を用意したのである。
 トーニとクローゼの2トップに対して、センターバック2人がマークにつき、ブラジル人のクリスをスイーパーとして配置。さらにバイエルンのMF4人全員にマークを付け、中盤の“保険”として稲本潤一をディフェンスラインの前に立たせる。マンマーク6人+カバー役2人という、まさに8バックだった。

 ただ、これだけマークをされても、魅力的な攻撃ができるのだから、今季のバイエルンは化け物としか言いようがない。試合後、高原直泰が「めちゃくちゃ強かったです。特に最初の15分の圧力はすごかった」と語ったように、フランクフルトのゴールはバイエルンの銃弾の集中砲火にあった。
 いかに攻撃がすさまじかったかは、数字を見れば一目瞭然(りょうぜん)だろう。

シュート数: 38(バイエルン)−5(フランクフルト)
コーナーキック: 16−2
ボール支配率: 64%−36%

 ゴールが決まらないというのに、これほど盛り上がる試合もなかなかない。バイエルンのファンは豪快なシュートシーンに酔い、フランクフルトのファンは必死に守る選手たちに声援を送った。

ベッケンバウアーが批判するバイエルンの甘さ

 この日、バイエルンの前に立ちふさがったのが、第2GKのニコロフだった。
 バイエルン戦の試合当日、正GKのプレルが風邪をひいてしまい、急きょ、ニコロフがゴールマウスに立つことになった。この“代役GK”は開始14秒にトーニの決定的なシュートを防ぐと勢いにのり、クローゼのヘディングシュートを片手でかき出すなど、スーパーセーブを連発した。ニコロフが「11人が団結して守ったおかげ。みんなに感謝したい」と言うように、クリスや稲本も体を張って、マークを外して突破してくるリベリーらをシャットアウトした。
 結局バイエルンが圧倒的に攻めながらも、試合は0−0に終わった。バイエルンは依然として首位だが、前節のドルトムント戦に続いてのスコアレスドロー。気がつけば2位ハンブルガーSVとの勝ち点差は2にまで縮まってしまった。

 現在のバイエルンは決して調子が悪いわけではない。UEFAカップではグループリーグ初戦でレッドスターに3−2で勝利したし、10月31日のドイツ杯2回戦ではボルシア・メンヘングラッドバッハを3−1で退けた。ブンデスリーガの得点ランキングではクローゼとトーニが8得点でトップに立ち、U−17ワールドカップのMVPに輝いたクロースがデビューするなど新人も登場している。実際、今季の公式戦では、まだ1敗もしていない。
 だが、開幕前に皇帝ベッケンバウアーが「まるでサーカスだ」と批判したように、今季のバイエルンには勝負に徹し切れない“甘さ”がある。フランクフルト戦では残り時間が少なくなってもパワープレーをしなかったし、きれいに崩してゴールすることにこだわりすぎる部分があるのだ。バイエルンが首位から陥落することはないだろうが、この先、UEFAカップなどで、サーカス的な甘さはアキレス腱になる可能性がある。

高原と稲本に投げ掛けられる厳しい視線

 フランクフルトではGKニコロフがヒーローになった一方で、高原と稲本への評価が厳しいものになった。
『キッカー』誌の採点では、ともにチーム最低の「5」(※ドイツでは「1」が最高)。バイエルン戦で高原は守備面で貢献していたし、稲本はリベリーから2度ボールを奪取するなど、抜群のカバーリングを見せていたが、ドイツ人記者たちはそれだけでは満足できないのだ。

 例えば、『フランクフルター・ルントシャウ』紙の稲本への寸評。
「平凡な出来。出足が遅いため、ボールではなく、相手の足にタックルしてしまっている。闘争心に溢れているし、相手からボールを奪うことに成功していることは評価できるのだが……」
 この「出足の遅さ」という印象については、最近ドイツ人記者が特に気にしていることである。9月26日のカールスルーエ戦で痛めた左足付け根のケガが100パーセント治っておらず、一歩目のスピードが落ちていると彼らは感じているのだ。だから、スライディングがファウルになってしまう、と。

 また、高原への寸評は、「トップコンディションではなく、2トップのパートナー、アマナティディスと比べると良くなかった。コンビネーション・プレーで過大な要求をしていた」というもの。味方にパスをした後に思いどおりのパスが返ってこず、高原が立ち尽くして怒る場面が2度あったため、「過大な要求」と解釈されたのだろう。

 ただ、こうやって見る目が厳しくなっているのも、期待値が高まっているからこそ。高原は昨季チーム得点王になった実績があり、記者もファンもそのイメージが評価の基準になっている。稲本は8月と9月に予想以上の存在感を示したことで、ただのバランサーの枠に留まらず、試合の主導権を握るMFになることが求められている。
 日本人コンビがそろって先発したのは、10月20日のニュルンベルク戦に続き、バイエルン戦が2試合目。真価が問われるのはこれからだ。

<了>
  • 前へ
  • 1
  • 次へ

1/1ページ

著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント