鬼軍曹のいぬ間に 市之瀬敦の「ポルトガルサッカーの光と影」
スコラーリ監督とポルトガル人の複雑な関係
サンタナ・ロペス氏は、かつてはスポルティング・リスボンの会長を務めたことがあるくらいのサッカー好きだが、わざわざテレビ局まで出向いてきたのに、途中で話を遮られたのには相当腹が立ったらしい。自身もかなり目立ちやがりのところがある彼の態度には賛否両論があるのだが、何にもましてサッカーが特別扱いされる今のポルトガルを見ていると、私も「この国は狂っている」という言葉に若干の共感を覚えてしまうのである。
元に戻って、スコラーリ監督である。2003年にポルトガルにやってきた彼はすでにユーロ2004で準優勝、そして昨年のワールドカップで準決勝進出という快挙を成し遂げてきた。「世界一の監督」と口にするポルトガル人だっている。
だが、一方で、常に批判もくすぶり続けている。一筋縄ではいかない、スコラーリ監督とポルトガル人の関係は、旧植民地ブラジルと旧宗主国ポルトガルという2つの国に横たわる複雑な関係を反映しているようで、私のような第三者には興味深く思えるのである。
いずれにしても、セルビア戦後の「あれ」は、3試合ベンチ入り禁止に相当するパンチであり、失われた勝ち点4に相当するパンチでもあったが、それ以上に、スコラーリ監督への信頼を大きく傷つけたパンチではなかっただろうか。
息を吹き返したポルトガル代表
また、17日のカザフスタン戦も、なかなか点が取れず苦戦したものの、ヌノ・ゴメスに代わり急きょ、代表招集されたアリザ・マククラのゴールと、クリスティアーノ・ロナウドの得点で勝利を収めた。コンゴ系ポルトガル人であるマククラは、7年ぶりにポルトガルリーグに戻ってきた選手で、今季はマリティモですでに4得点挙げており、その好調さが嘘でないことを代表の舞台でも証明して見せた。フェルナンド・メイラに借りたスパイクが幸運を与えてくれたのかどうかは分からないが、FW陣にフィジカルが強い新戦力が誕生したのは、喜ばしい限りである。
ところで、いつもスコラーリ監督に影のように寄り添うフラビオ・テイシェイラ・コーチは、ポルトガル出身の曾祖父を持つポルトガル系ブラジル人で(ムルトーザというあだ名は曽祖父の出身地名である)、既にポルトガルの市民権も得ている。いつも謙虚かつ落ち着いた物腰で、選手たちの信頼も厚い。スコラーリ監督の厳しい言葉の後には、より選手の近くにいる彼の優しい言葉が待っているのだ。常に冷静に同監督にアドバイスしてきた「ムルトーザ」は、頭に血が上った時のスコラーリ監督の代わりとしては適役かもしれない。
実はこの2人の協力関係は長く、四半世紀に及ぶという。スコラーリ監督によれば、2人は友人というよりも兄弟のようなもので(もちろん兄はスコラーリ監督だ)、選手交代の際にはテレパシーさえ存在するそうだ。現在のポルトガル代表に見られる、家族愛と友情に基づくチーム作りは2人の創作でもある。
何はともあれ、9月のホームの2試合で失った勝ち点4を、ポルトガル代表はアウエーで行われた今月の2試合の勝利で取り返したことになる。そして順位も単独2位に浮上し、最終的には1位での予選突破も射程圏内に入った。これでユーロ2008本大会がぐんと近づいた。「鬼軍曹」がいなくても、ポルトガル代表の視界は大きく開け、カザフスタン戦からアルプスがはっきりと見えてきた。
<了>