金メダルに最も近い男 トランポリン・上山容弘

岩本勝暁
 “ベッド”と呼ばれる小さな空間――そこが上山容弘のステージだ。
 4.28m×2.14mのスペースに立つ彼は、圧倒的な空気を身にまとう。ベッドの内側にはさらに小さな枠で囲われたジャンピングゾーンがあり、連続10回のジャンプでも決して中心から外れることがない。持ち前の美しく安定感あふれる演技は観客の視線をくぎ付けにし、見る者すべてを魅了する。
 上山は昨年11月にカナダで開催された世界選手権の男子個人で、銅メダルを獲得した。日本トランポリン協会はこの大会のメダル獲得者を北京五輪代表に内定すると決めており、上山は二重の喜びを勝ち取った。(文=岩本勝暁)

ちょっとした鳥になった気分

――素朴な疑問ですが、跳んでいるときはどれくらいの高さまで上がるのでしょうか?

 跳躍の純粋な高さで言うと、僕の場合で約4メートルです。トランポリンの高さが約1.2メートル。身長をプラスして、目線の高さは6メートル半くらいまで上がります。一般の人でも2倍から3倍は高く跳び上がれる。それがトランポリンの一番の魅力だと思います。

――上から見下ろしたときはどんな気分ですか?

 気持ちいいですね。普段は味わえない上昇感というか。また、降りてくるときに受ける風の抵抗は、ちょっとした鳥になった気分なんです。

――ご自分の性格をどう分析しますか?

 “緊張しい”ですよ(笑)。

――では、緊張を解消する方法は?

 ポジティブになることもそうですし、あとは僕の好きな言葉の一つに「鈍感力」というのがあるんです。作家の渡辺淳一さんが書かれた本にあって、鈍感になる大切さというものを自分なりに解釈して心掛けています。緊張すると、繊細になり過ぎるんですね。ちょっとしたことでも気になってしまう。その「鈍感力」を心掛けると、次第にいい緊張感まで戻ってくるんです。

いつもチャレンジする気持ちを忘れずに

 トランポリンへの無垢(むく)な思いと、あくなき向上心が上山を大きく成長させた。そして迎えた2005年。オランダで開催された世界選手権で銀メダルを獲得し、日本人初のメダリストとなった。翌年のW杯では4連勝を含む5勝を挙げ、ファイナルでも優勝。一躍、日本のエースに駆け上がり、世界ランキングも1位に輝いた。
 その世界選手権で上山は、トランポリンのベッドの上で特別な感覚を味わった。それは、トップアスリートのみに与えられる、恍惚(こうこつ)の瞬間でもあった。



――昨年の世界選手権でオリンピックの出場権を勝ち取りました。上山選手にとって2007年はどんなシーズンでしたか?

 2007年は計画的にプランを立てて、まずは日本の出場枠を取るために頑張ろうと思っていました。一つずつ段階をクリアしていって、結果的に世界選手権で出場枠と出場権を獲得でき、自信につながる一年だったと思います。

――2006年はワールドカップ(W杯)で4連勝を含む5勝を挙げました。やはり勝ち続けているときは、特別な感覚があるのでしょうか?

 いいときの感覚と体の動きがマッチしていたのが(活躍できた)一番の理由だと思います。それが2006年はずっとできていました。なぜかは分からないんですが、自分でも怖いくらいの出来だったんです。

――逆に勝ち続けることの難しさは?

 試合が終わったら、もう過去のものと切り替えて、次の大会へ新しい気持ちで臨みます。2006年のW杯はファイナルでも優勝したけど、次の大会はダメだった。でも、だからといって自分はダメなんだじゃなくて、その大会はその大会。ほかの選手ももちろん頑張っていますし、自分が常に一番じゃないんだと、いつもチャレンジする気持ちを忘れないようにと思っています。

世界選手権での特別な体験

――演技しているときは、客席を“黙らせてやるぞ”というくらいの気持ちなんですか?

 それくらいの緊迫感と醸し出す雰囲気は必要だと思います。そういう気迫が伝わると、不思議なことに客席が自然と静かになる。最初は少しざわついていても、予備ジャンプをして、演技が始まる直前になるとシーンとするんですよ。

――そういう意味での客席との一体感があるんですね

 張り詰めた一体感と言ったらおかしいですけど、それはあると思います。2年前の世界選手権のときがそうでした。逆に静かになりすぎて、びっくりしたくらい。自分の世界に入って自己陶酔していたから静かに感じたのか、それとも本当に客席が静かだったのかは分からないですけど、そういう特別な体験はありました。
 それで、演技が終わったときの歓声がすごく気持ちよくて、それだけ称賛されるパフォーマンスができたのがうれしかったですね。

――そういう感覚を、ほかの大会でも味わったことがありますか?

 2006年のW杯ファイナルのときや、昨年11月の世界選手権もそうでした。やはり大きな大会で、自分の納得できる演技、自分の持っているものをすべて出せたときには、そういう歓声が返ってくるんです。

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著者プロフィール

1972年、大阪府出身。大学卒業後、編集職を経て2002年からフリーランスのスポーツライターとして活動する。サッカーは日本代表、Jリーグから第4種まで、カテゴリーを問わず取材。また、バレーボールやビーチバレー、競泳、セパタクローなど数々のスポーツの現場に足を運ぶ。

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