田口良一、勝利優先の戦いで完封勝利 ライトフライ級戦線は日本人選手中心に

船橋真二郎

WBA世界ライトフライ級タイトルマッチは王者・田口良一が3−0の判定勝ち 【中原義史】

 東京・大田区総合体育館で8月31日に行われたボクシングのWBA世界ライトフライ級タイトルマッチは、終始ペースを握り続けたチャンピオンの田口良一(ワタナベ)が119対109、117対111、116対112の大差3−0の判定で、同級1位の宮崎亮(井岡)を下し、2014年大みそかに獲得したタイトルの4度目の防衛に成功した。

 元WBA世界ミニマム級王者として大阪から乗り込んできた宮崎は、約3年ぶりの世界戦に王座返り咲きと2階級制覇を目指したが、いいところなく敗れた。

フルで追い続けられる足をつくったことが奏功

フルラウンド戦える足をつくり、終始ペースを握った 【中原義史】

 田口は7月中旬、神奈川の平塚でジムの同僚たちと3日間のミニ合宿を張り、砂浜で走り込むなど、「終盤まで足が動くか、動かないかで差がつく試合になる」と下半身強化をテーマのひとつとして調整を進めてきた。身長、リーチともに田口が10センチ以上、上回るが、鋭い出入りでロングレンジとクロスレンジをダイナミックに使い分けるのが本来の宮崎。12ラウンド、フルに追い続けられる足、さばき続けられる足を石原雄太トレーナーとつくってきた。

 その狙いが奏功する。1ラウンドこそ、速い左ジャブを軸に左のコンビネーションを繰り出し、手数で上回った宮崎がポイントを押さえたものの、以降は田口が“足”で試合を支配した。プレスをかけてロープ際に詰め、ショートの連打を浴びせる。長い左ジャブを突き刺し、サイドに回る。「思ったより、やりやすかった」と宮崎を守勢にまわらせ続けた。

 好調な田口の動きに記者席やリングサイドの関係者からは「これは倒さないといけない」と早い段階から声が上がっていた。タイトル獲得から通算4度の世界戦で計12のダウンを奪っている田口に4連続KO防衛の期待が高まっていたのである。だが、展開はほとんどヤマ場なく平坦(へいたん)に推移。田口は危なげない代わりに、決定打を奪えないまま終了ゴングを聞いた。

宮崎のライトフライ再挑戦は限界が近かった

宮崎にとってライトフライは苦しい減量との戦いとなり本来の力を出し切れなかった 【中原義史】

「(終盤は)倒したかったが、確実に勝つことを優先した。調子に乗って、カウンターをもらわないように全ラウンド集中できたと思う」

 試合後の控え室で田口は満足げな表情で振り返った。だが、田口には、もう一段上の内容と結果を求めたかった、というのが率直な感想だった。

 ひとつには宮崎の出来がある。世界戦発表記者会見の席上、宮崎は「ライトフライ級はデビューから、日本、東洋(太平洋)とやってきた自分の主戦場。居心地がいい」と語っていたのだが、本来持っているポテンシャルからはほど遠い動きだった。前日計量はリミットちょうどでパスするも、げっそりと削げ落ちた頬からは減量の過酷さがうかがえた。試合当日の体重は55.3キロと6.4キロのリバウンド幅にも、それは表れていた。


 13年大みそかにはミニマム級王座返上後のライトフライ級復帰初戦で体重オーバーの失態を犯し、3回KOの惨敗でプロ初黒星を喫した。そうでなくとも東洋太平洋王者時代の後半には減量苦が伝えられていた。
「実力を出せなかったのはすべて自分のせい。自分が弱かった。それだけです」と宮崎は試合後、多くを語ることはなかったが、ライトフライ級はすでに限界ではなかったか。

 田口にとって、宮崎は同じ階級の日本、東洋太平洋王者として、常に自分の前を先行していた存在。宮崎が2つのベルトを東京・後楽園ホールで奪取するなど、好調時の姿を知っているだけに「(宮崎の)パンチは終盤も生きていたし、何があるか分からないと感じた。絶対にカウンターを狙ってくるはず」と最後まで警戒を解かなかったのは、そんな理由もあったのかもしれない。一方では「(宮崎は)もっと来るかと思ったが、最後の最後まで来なかった。だったら、もう少し行けば良かった」とも田口は吐露している。

先輩・内山も田口の戦いぶりに刺激

 この4月にジムの先輩で、絶対王者として君臨してきた内山高志が王座から陥落した。この日は同じく先輩でWBA世界スーパーフライ級チャンピオンの河野公平とのダブル世界戦。常にジムの興行のメインを張ってきた内山不在のなかで、メインに抜てきされたのは田口だった。さらに直前には河野がルイス・コンセプシオン(パナマ)に判定で敗れる。期せずして、ジム唯一の現役王者としてリングに上がることになった田口には大きな重圧がかかっていた。

「ダウンは奪えなかったが、左ジャブを効果的に当てられたし、自分のペースでできた。自分の仕事はできたんじゃないかと思う」

 田口の言葉には安堵(あんど)もにじんだ。囲み会見後には、ゲスト解説として放送席から後輩の試合を見守っていた内山から「今日は堂々としていて、メインの顔だった。いつもより大人っぽく感じられた」と労われた。頼もしくなった後輩に、未だ去就を明言していない内山も刺激を受けた様子だった。

 内山が言うように田口のメンタル面の成長が、試合前の表情、安定した戦いぶりに感じ取れた試合ではあった。それでも田口には日本人対決でもっとインパクトを伴った勝ち方を期待したかった。最後まで機能し続けていたステップワーク、スピード、パワー、テクニック、ひとつひとつの要素に着実な成長が見られた。その要素をいかに組み合わせて、展開を組み立て、フィニッシュに結びつけられるか。そんな試合構成力さえ身に着ければ、成長途上のチャンピオンは飛躍的に伸びるはずである。

田中、拳四朗らが次の挑戦者に

田中恒成、拳四朗という日本人選手が挑戦者に名乗りをあげているが、田口は受けてたつ姿勢を示す 【中原義史】

 現在のライトフライ級は、9度防衛していたWBO王者のドニー・ニエテス(フィリピン)が王座を返上し、フライ級に上げたことで中心的存在がひとり抜けてしまった。今年3月に木村悠(帝拳=引退)からベルトを奪ったWBC王者のガニガン・ロペス(メキシコ)は7月にしぶとく初防衛に成功したが、この階級はこれから日本人選手を中心にまわる可能性が高い。

 けがからの復帰途上にあるIBF王者の八重樫東(大橋)を筆頭に、ニエテスが返上して、空位になったWBO王座は順当なら同級2位で前WBO世界ミニマム級王者の田中恒成(畑中)が1位のモイセス・フエンテス(メキシコ)と争うはず。さらに評価を急上昇させている拳四朗(BMB)が8月7日に日本王座に続いて東洋太平洋王座を獲得。WBC5位を筆頭に3団体で世界ランク入りし、年内もしくは来年の世界挑戦を目指している。

 このなかで田中、拳四朗は以前、田口への挑戦希望を表明したことがある。そのことについて、田口が「やるつもりはあるし、逃げる気もない。言わせておけばいいという感じです」と珍しく表情をこわばらせたことがあった。裏を返せば、田口には勝つ自信があるということでもあり、内心では面白くはないだろう。恐らくは20代最後の防衛戦を戦い終え、なお伸びしろを感じさせるWBA王者はかねてから「盛り上がる試合」を求めてきた。今後、その存在感をいっそう増していけば、実現の機運も高まってくるだろう。
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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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