ケンブリッジ飛鳥、急浮上した9秒台候補 “常識破り”のスプリンターが持つ可能性

高野祐太

体重増加にも着手、異例の強化法

最先端のトレーニング方法などを取り入れ、肉体改造に取り組んできた 【写真は共同】

 ケンブリッジの“スケール感”の根拠には、最新のフィジカルメニュー、栄養管理、スパイク開発、ウエア開発などを手掛ける所属先の指導や支援が大きく作用する。「グローバルスタンダード」と、その先の「常識にとらわれない」を指導のコンセプトに据えている。

 大前GMは「何が正解かは分からない。だから、何でもやってみる」と狙いを説明する。

 一方、安田秀一会長の補足は、こうだ。
「幸いにもわれわれには先行する米国などの陸上大国の事例がある。そこから得られる情報をすべて得て、まねできるところまではまねをする。その先は常識にとらわれず、未知のことに挑戦する」

 その一例が筋力強化のやり方だ。ケガ防止の動機で大学2年の終わりころから始めたフィジカルメニューは、体幹を固めた上で手足を分離動作させることを意識させる。そうすることで、体幹主導でパワーを生んで末端はリラックスする合理的な動作を、体づくりと一体的に身につけることができる。それは、ケンブリッジが今季の躍進について感じている「無駄な力が入らず、中盤から伸びるようになったことが一番大きい」という手ごたえと符合する。

 ひ弱だった肉体自体も改造され、ギリシャ彫刻のような、サイボーグのような肉体に変化。体重は72キロから76キロに大幅に増加したが、それも途中経過であって、将来的には80キロ台にまで増やすことを視野に入れている。日本の陸上界では、あまり体重を増やしすぎることは不要な筋肉を付けてしまい、かえってマイナスだという考え方も多い。だが、ケンブリッジの強化体制では、そんなことにも疑いの余地を残している。どこまで体重を増やすのが最適なのかは「やってみなければ分からない」からだ。

日本選手権へ「9秒台で勝ちたい」

日本選手権では桐生、山縣(写真右)らと代表の座を争うことになる 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 こうした「前例がないからやってみよう」という志向性は、進化論や歴史社会学にも通じる論理の筋を持っている。地球誕生から進化してきた生物には、さまざまな遺伝子を持つ多様な種が生まれ、激動する環境下で、ある者は死に絶え、ある者は(偶然にも)生き残ってきた。日米通算安打の大記録を達成した大リーグのイチローは「人に笑われてきた悔しい歴史」と言った。歴史的な快挙を成す人物は常識を覆す行動に打って出る。そこにある構図は、正解の分からない選択の連続、試行錯誤の連続だ。偶然性を帯びた模索を続けることに価値は見出される。

 ケンブリッジ自身の語る「これまでやってきたことをこれからも続けていけば、9秒台、その先も見えてくると思っています」にも、この考えが反映されているに違いない。そして、目前に迫った日本選手権について表明した「9秒台で勝ちたい」は、奇(く)しくも山縣、桐生とまったく同じ言葉だ。ケンブリッジがリオ代表を懸けた、激闘必至の男子100メートルを待ち構えている。

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著者プロフィール

1969年北海道生まれ。業界紙記者などを経てフリーライター。ノンジャンルのテーマに当たっている。スポーツでは陸上競技やテニスなど一般スポーツを中心に取材し、五輪は北京大会から。著書に、『カーリングガールズ―2010年バンクーバーへ、新生チーム青森の第一歩―』(エムジーコーポレーション)、『〈10秒00の壁〉を破れ!陸上男子100m 若きアスリートたちの挑戦(世の中への扉)』(講談社)。

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