厳重な警備と衝突のリスクとのはざまで テレビに映らないEURO ファン・ゾーン編

宇都宮徹壱

尋常でなく厳しかったファン・ゾーンの警備

パリのファン・ゾーンの様子。大型スクリーンの前では武装警官がにらみを利かせている 【宇都宮徹壱】

 現地時間6月10日からフランスで開催されているユーロ(欧州選手権)2016。私も大会2日目から現地に来ているのだが、今回はプレスパスなしの取材である。普段、日本を拠点に活動していて、UEFA(欧州サッカー連盟)の大会での取材実績が足りないため、日本のフリーランスがユーロのパスを確保するのは非常に難しい。とはいえ、1カ国で開催されるユーロは今回が最後となる可能性もあるので(次回2020年大会は13の都市で分散開催され、それ以降は未定)、どうしても現地観戦をしたいという思いがあった。

 そんなわけで、とりあえず観戦チケット2試合分を確保。それ以外の日は、ファン・ゾーンでのPV(パブリック・ビューイング)やカフェのテレビで観戦することにした。パスがなければないなりに、現地取材ができるというのが私の考え。むしろ、スタジアムとホテルを往復するだけでは見えてこない(もちろんテレビ観戦では体感できない)ことは少なくないはずだ。そうした「テレビに映らないユーロ」というものを、2回に分けて現地からレポートすることにしたい。

 今回取り上げるのはファン・ゾーンについて。今大会の10会場にはそれぞれファン・ゾーンが設けられており、チケットを持たないサポーターが集まって大型スクリーンに映し出される試合を見ながら、みんなで一喜一憂することになる。入場料は無料。ファン・ゾーンの中には、仮設のバーやトイレもある。今回、私が訪れたのは、パリのファン・ゾーン。エッフェル塔に近い、シャン・ド・マルス公園に設置されており、ロケーションは悪くない。ただし、ここで面食らったのが、尋常ならざる警備の厳しさである。

 入場するまでに、持ち物検査が3回。それも日本のように、ただアリバイ的にバックの中の一部を見せるだけではなく。徹底的に中身を確認して、ポケットの中身もすべて検める。個人的な経験に照らして言えば、今年の1月にイスラエルを訪れた際、ユダヤ教の聖地である『嘆きの壁』を観光したのだが、あの時以上に入念な検分であった。なぜここまで徹底するかと言えば、もちろんテロ対策である。不特定多数の人間が入り込むファン・ゾーンでは、不審物が持ち込まれないように細心の注意をもって対応するしかない。昨年、2度の深刻なテロに見舞われた開催国・フランスの厳しい現状を見る思いがした。

テロ対策以上に深刻なフーリガン対策

試合後、小競り合いを始めるクロアチアとトルコのサポーター。会場は一時騒然となる 【宇都宮徹壱】

 当初は「テロ対策」が大きな課題と思われていた今大会。しかし大会が始まってみると、テロとは別の深刻な問題が横たわっていることが明らかになった。ここ10年ほどで息を吹き返しつつあるフーリガニズムである。大会2日目の11日、イングランド対ロシアのゲームが行われたマルセイユで、両国のサポーターが試合前に衝突。イングランド人の男性が刃物で刺されて意識不明の重傷を負うという痛ましい事件が発生した。

 ロシアについては、かねてより国内リーグでのサポーターの人種差別的な振る舞いが問題視されており、4年前のユーロ(ポーランドとウクライナでの共催)でも、ポーランドのサポーターと衝突事件を起こしている。一方のイングランドは「フーリガンの原産国」だが、21世紀に入ってからはすっかり鳴りを潜めている印象だった。今回の衝突を深刻に受け止めたUEFAは、両国のサッカー協会に対して「今後、再び暴動が起きた場合、両チームを失格とする可能性もある」との警告を発した。UEFAのこうした姿勢は、各試合会場はもちろん、ファン・ゾーンの警備にも反映されることとなった。

 12日にパリのパルク・デ・プランスで開催された、クロアチア対トルコの試合も同様である。クロアチアとトルコは、さほど歴史的な因縁があるわけではない。もっとも、前者はわずか四半世紀前に戦争で独立を勝ち取った国であり、後者も「ヨーロッパ」の中では民族的にも宗教的にも極めて特異な立ち位置を保ってきたお国柄。そんな両者の対戦は、何かのきっかけで暴発しかねない、極めて揮発性の高いカードであった。ゆえに、警備する側もかなりピリピリした心理状態であったことは、近くで観察していて明白であった。

 懸念が現実のものとなったのは、クロアチアのルカ・モドリッチが目の覚めるようなドライブシュートを決めた前半41分直後のことである。クロアチア側の喜びようにトルコ側が反発したのだろう、とたんに両者の間に小競り合いが発生する。この時は警備員が仲裁に入って事なきを得たのだが、試合がクロアチアの勝利に終わった直後に、再び両者が激しくつかみ合う事態に発展。今度は武装警官の出番となった。会場は一時騒然となり、とても試合の余韻を楽しめる雰囲気ではなかった。本来、国の垣根を超えた交流の場であるべきファン・ゾーン。しかしこの日は、その垣根がないことが裏目に出て、殺伐とした雰囲気で満たされてしまったことは残念でならない。

異文化交流の場としてのファン・ゾーン

健闘をたたえ合うスウェーデンとアイルランドのサポーター。ファン・ゾーンのあるべき形だ 【宇都宮徹壱】

 サポーターの区分けや緩衝帯がないファン・ゾーンは、状況によっては試合会場よりも危険な場所となりかねない。そんなファン・ゾーンは廃止されるべきなのだろうか? 私はそうは思わない。1998年のワールドカップ・フランス大会から、私は折に触れてファン・ゾーンでの観戦を楽しんできたが、試合後にファン同士の衝突が起こすような事態は、ほとんどお目にかかったことはなかった。実際、13日に行われたスウェーデンとアイルランドの一戦も、同じパリのファン・ゾーンで観戦したが、こちらは第三者にとっても実に楽しく平和的なものとなった。

 先制したのはアイルランド。後半3分、シェイマス・コールマンの右からのクロスをウェズ・フーラハンが右足ダイレクトで豪快にネットを揺らす。次の瞬間、アイルランドのサポーターは優勝したかのような大騒ぎ。皆がもみくちゃになりながら飛び跳ね続け、その状態は10分ほど続いた。しかしスウェーデンも負けてはいない。後半26分、ズラタン・イブラヒモビッチのクロスが相手DFのオウンゴールを誘い同点に。今度はスウェーデンのサポーターが大騒ぎとなり、近くにいた私も思い切りビールをかけられた。「まいったなあ」と思いながらも、これもファン・ゾーンの醍醐味(だいごみ)と思えばさほど悪い気はしない。

 試合は結局1−1のドロー。どちらも死力を尽くした、実に見応えのあるゲームであった。当事者である両国サポーターも間違いなく、同様の思いであったはずだ。試合後、スウェーデンとアイルランドのサポーターたちが握手やハグを交わしながら、互いの健闘をたたえる姿があちこちで見られた。つい前日、同じ場所で後味の悪い光景を見せられただけに、何とも救われるような気分になった。それはまさに、長年FIFA(国際サッカー連盟)が提唱してきた、リスペクトの精神が具現化された光景でもあった。

 ファン・ゾーンという空間は、サッカーを通した異文化交流の場なのだと思う。言葉や文化はもちろん、国民性や国の成り立ちやサッカーの社会的な位置づけも異なる中、共にひとつの試合を共有することで交流が生まれ、互いを知る機会にもなる。もちろん、歴史的な因縁があったり、互いに血の気の多い国民性だったりした場合、衝突のリスクが高まることは否定できない。だが、そうしたリスクを承知の上で、今大会もファン・ゾーンが営まれていることを、私はひとりのサッカーファンとして高く評価したい。と同時に、今大会もファン・ゾーンから多くの交流が生まれることを、そしてより多くのリスペクトの場面が見られることを願わずにはいられない。
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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