日本フェンシングを変えたオレグコーチ 五輪のメダルへと導いた強化活動の要因

田中夕子
 2008年の北京五輪で太田雄貴(森永製菓)が日本選手として初めて銀メダルを獲得し、日本フェンシング界にとって長年の悲願が達成された。その後も10年の世界選手権で太田が銅メダル、12年のロンドン五輪では男子フルーレ団体の銀メダル獲得、そして本年の世界選手権で太田はとうとう念願の優勝を果たした。もちろん、太田に留まらず、若手選手も国際舞台で活躍するなど、充実した強化が図られている。

 その立役者となったのが、03年に男子フルーレ日本代表ヘッドコーチとして招聘(しょうへい)されたオレグ・マチェイチュク氏。世界で勝つことができずにいた日本のフェンシングを、どのようにして世界トップレベルへと引き上げたのか。コミュニケーションの図り方や、指導者として心得るべきこととは何か。オレグコーチに話を聞いた。

指導者経験がない状態からスタート

日本フェンシング躍進の立役者となったオレグ・マチェイチュクコーチに話を聞いた 【スポーツナビ】

――まず03年に男子フルーレ日本代表のコーチに就任した経緯、きっかけを教えて下さい

 当時現役を引退したばかりでしたが、外国でコーチとして働きたいという願いを持っていました。ちょうどその時、日本のフェンシング協会も変化を求め、外国人のコーチを探していて、お互いの思惑が叶い、とても幸運な出会いでした。

 とはいえ私自身も指導者の経験がない、まったく初めての状態でしたので、選手としてのメンタルとコーチとしてのメンタル、果たすべき役割も選手時代とはまったく違い、とても難しいことばかりでした。ですが、時間を重ねる中で日本の特徴や仕事に慣れていくことができました。私自身、選手としては決して有名な選手ではありませんでしたし、日本に来ることになったのは本当に驚くべき奇跡だったと思います。

――就任当時、日本のフェンシングに対する印象は?

 フェンシングに関しては強くない国、という印象でした。そもそも強ければ私が招集されることはありませんから(笑)。ただし、強くはないといえベースが悪かったわけではありません。フェンシングをしている子供たちもたくさんいるし、フルーレに関しては有望な選手もいました。ただ単に、世界選手権や五輪で勝ったことがない。具体的な結果がなかっただけでした。

 ですから最初に日本協会から私に与えられた課題は「世界選手権で勝てるチームにしてほしい」ということでした。そのためにはチームとして国際大会で競争力をつけていかなければなりません。選手の選出や、練習のシステムをつくるところからスタートしました。

――当時の強化体制は?

 完全にアマチュアでした。選手も指導者もそれぞれが仕事をしながら教え、仕事をしながら練習する。それも全員が東京やその近くにいるわけではなく、東北や関西、地方にいる選手も多くいましたので、彼らを呼んで練習できる環境をつくることからスタートし、プロの集団、基盤を持った集団にしなければならないと。

 ご想像していただけば分かると思いますが、8時から18時まで仕事をして、1〜2時間練習する。しばらくしてその数カ月後にコンクールで優勝しなさい、と言われても無理ですよね(笑)。少なくとも世界のトップで戦っている選手は、通常日本の選手たちが仕事をしている時間を練習に当てています。練習の質も大切ですが、まずは練習に取り組む時間が彼らと同じか、彼ら以上に取れなければ勝てるはずがありません。

 それを変えていかなければ勝てない、ということを伝えた結果、協会の方々はスポンサーを集め、練習できる環境を整えるために大きな力を貸してくれました。どんなプランを立てたとしても、成功させるためにはお金も必要です。十分な資金を与えられなかったら私のプランはただの紙の上のプランに終わっていました。私の力だけでなく、複合的にさまざまな人の努力があって、スタートを切ることができました。

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著者プロフィール

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に『高校バレーは頭脳が9割』(日本文化出版)。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)、『青春サプリ』(ポプラ社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した『当たり前の積み重ねが本物になる』『凡事徹底 前橋育英高校野球部で教え続けていること』(カンゼン)などで構成を担当

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