シリア戦で求められる日本の柔軟性 「想像以上の暑さ」に適応できるか

宇都宮徹壱

「日本を恐れない」シリア

前日会見に臨むシリア代表のイブラヒム監督(左)。「われわれは日本を恐れない」と明言 【宇都宮徹壱】

 シリア戦前日、マスカット市内のホテルにて前日会見が行われた。指定された会場の玄関を通ろうとすると、カメラのフラッシュを浴びながら、見覚えのある人物が姿を現す。かつて名古屋グランパスでも指揮(1996年〜97年)を執ったことのあるポルトガル人指導者、カルロス・ケイロスだ。「なぜケイロスがここに?」と一瞬思ったが、現在彼が指揮を執るイラン代表が、ここマスカットで8日にオマーン代表とワールドカップ(W杯)予選を行うことを思い出して納得する。シリア対日本はシーブ・スタジアムで17時に、そしてオマーン対イランはスルタン・カーブース・スポーツ・コンプレックスで18時30分(いずれも現地時間)に、それぞれキックオフ。その気になれば、2試合ハシゴすることも可能だろう。

 前日会見に臨んだ日本代表のヴァイッド・ハリルホジッチ監督は、冒頭で「おそらくわれわれにとって(W杯アジア2次予選で)最も難しい試合になる」と語り、さらに「シリアは戦う姿勢が明確で得点率も高い。祖国が大変な状況なので、真剣に戦ってくるだろう」と警戒感をにじませていた。ハリルホジッチ監督の見立てによれば、かつて彼が指揮を執っていたアルジェリアと比べてレベルはそれほど高くはないものの、それでも「シリアの個のクオリティーを無視してはならない。3〜4人、かなり良い選手がいる」としている。

 対するシリアのファジル・イブラヒム監督は、「われわれは日本代表のことも、監督のこともよく知っているし、リスペクトもしている。しかし、だからといって彼らを恐れてはいない」と明言。そのうえで「われわれの国は今、非常に悲惨な状況にあるが、われわれはフットボールで戦う。(そうすることで)われわれの存在感を示したい」と強い意欲を見せた。ダマスカス(シリアの首都)で試合ができないことについても「ここ(マスカット)はわれわれの第2のホームだ」と意に介する様子もない。実に堂々としている。

 両者の会見を見比べてみて、プレッシャーを感じているのは明らかに日本のほうであると感じた。対するシリアは「われわれは決して死なない!」とイブラヒム監督が大見得を切るなど、国内の逆境を「強い日本に立ち向かうシリア」という構図に見立て、チーム全体を鼓舞しているようにも見える。力関係では明らかに日本が上だが、W杯予選は心理的な要素が少なからず影響する。ハリルホジッチ監督の表情に、かすかなこわばりが見て取れたのも、ある意味当然のことと言えよう。

警戒すべきは現地の蒸し暑さ

練習を終えてメディア対応する岡崎。「想像以上に暑いけれど重要な試合」と気を引き締める 【宇都宮徹壱】

 会見の後、17時より試合会場のシーブ・スタジアムにて、前日練習が行われた。1万4000人収容の小ぢんまりとした競技施設だが、観客数が限られる中立地での開催となればこの大きさで十分である。ピッチ状態については、霜田正浩技術委員長いわく「もともと下がデコボコで、そこに長めの芝が乗っている感じ。普通にゲームができると思います」とのこと。むしろ選手が気にしていたのは、相手の出方と現地の蒸し暑さであった。

「シリアがどう出てくるかは分からない。攻めてくるかもしれないし、引いてくるかもしれないので、いろいろなことを想定しながら準備していきたい。引いてきたらサイドから攻めるのもありだし、そこは臨機応変にやりたい」(原口元気)

「想像以上の暑さだけれど、大事な試合なので特に立ち上がりは重要。どれだけ自分たちが相手の気持ちよりも上回れるかというのが、こういう暑いときには大事になる。だらっと入ると良くない」(岡崎慎司)

 前者については、確かに気になるところではある。とはいえ「前に出てくる」と思っていたアフガニスタンが守備を固めてきたときも、日本は冷静にこれに対処して早々に先制点を挙げることができた(結果は6−0)。シリアはアフガニスタンよりも手強い相手だが、相手が攻撃的にきても守備的にきても、しっかり対応できるように日本は準備してくることだろう。それ以上に気になるのが、岡崎が指摘した「想像以上の暑さ」である。

 この日のマスカットは、気温35度、湿度が56%(いずれも平均)。注目すべき、中東らしからぬ湿度の高さである。現地在住の人によれば「この時期では考えられない蒸し暑さ」なのだそうだ。おりしもインド洋上から台風が接近しているそうで、その影響であると考えられる。国内組も欧州組も、涼しい環境に慣れていた日本代表にとり、限られた期間の中でどれだけ現地の環境に順応できるのか。あるいは満足に走れない環境下で、どれだけ効率的なサッカーを展開できるか。そうしたフレキシビリティー(柔軟性)も日本代表に求めたいところだ。

周辺国にリスペクトされるオマーン

 取材後、バーレーンを拠点に長年中東で働いている知人に誘われて、日本料理屋で夕食を摂った。オマーンに30年以上暮らしている日本人オーナーが、地元の魚市場で仕入れてきた食材を使って調理した、本格的な日本食である。インド洋で漁(あさ)れたマグロやタイの刺し身を楽しみつつ、オマーンをはじめとする中東諸国に関する興味深い話に聞き入る、何ともぜいたくな時間を過ごすことができた。個人的に最も印象的だった話を記しておく。

「オマーンの王朝(ブーサイード朝)は、中東で最も歴史があるので周辺国はリスペクトしているんです。紛争の調停役を買って出ることも多い。シリアのホームゲームがオマーンで行われるのも、ある意味当然だと思います」

 なるほど。当地を訪れるまで、ずっと疑問に思っていたことがようやく氷解する思いがした。オマーンの好意によって実現した今回のシリア戦。ぜひとも好ゲームとなることを期待したい。

<翌日につづく>
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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