ハリルホジッチが証明してみせたこと 試行錯誤の場だった9月シリーズ

宇都宮徹壱

ボスニア出身の相手指揮官

日本はアフガニスタンに6−0と圧勝。グループ2位に浮上した 【Getty Images】

「今回のワールドカップ(W杯)予選で日本と対戦することを楽しみにしていた。日本には、ブンデスリーガやプレミアリーグでプレーする有名な選手が多い。尊敬する(ヴァイッド)ハリルホジッチ監督のチームと対戦できることもうれしく思う。私はドイツで暮らしているが、彼と同じボスニア・ヘルツェゴビナの出身だからだ」

 イランの首都・テヘランで行われる、W杯アジア2次予選の対アフガニスタン戦。相手チームを率いるスラヴェン・スケレジッチ監督は、1971年生まれの若い監督である(71年といえば、ハリルホジッチ監督がヴェレジュ・モスタルでプロ生活をスタートさせた年に当たる)。スケレジッチ監督の出生地は、ボスニア・ヘルツェゴビナのヴァレシュという、人口1万人ほどの小さな街。民族構成ではクロアチア系が最も多く、そのファーストネームからもおそらくクロアチア系であると思われる。幼少期にドイツに移住しており(ゆえに戦争難民ではない)、06年からフランクフルトやハノーファーなどの育成年代の指導を続けてきた。そして今年2月から、アフガニスタンの代表監督に就任。トップチームでの指導は、これが初めてとなる。

 ボスニア時代の記憶をほとんど持たず、現役時代には目立ったキャリアも見当たらず、その後は一貫してドイツの育成畑を歩んできたスケレジッチ監督。そんな対戦相手の指揮官について、ハリルホジッチ監督が「知らない」とコメントしていたことが報じられていた。とはいえ、決してリスペクトを欠いた発言なのではなく、まったく接点がなくて知る由もなかったと理解すべきである。周知の通り、ボスニア出身の選手や指導者は欧州のみならず、世界中で働いている。いくら幅広い人脈を持つハリルホジッチ監督でも、地球規模で散らばる同胞同業者のすべてを把握できるはずがない。

 前日会見でのスケレジッチ監督は、祖国の大先輩であるハリルホジッチ監督へのリスペクトの念を隠そうとはしなかった。だがリスペクトの裏側には、当然ながら指導者としての秘めたる野心もあるはずだ。そして数々の戦禍により、04年にはFIFA(国際サッカー連盟)ランキング200位にまで落ち込んでいたアフガニスタンも、ここ3年は急速な上昇を見せており、現在は過去最高の130位。タイ(137位)、ベトナム(152位)、シンガポール(157位)よりも上位につけている。同ランキング58位の日本にしてみれば、力の差は明らかであっても決して侮るべきではない相手であると言えよう。

スタジアムを沈黙させた香川のゴール

アザディ・スタジアムに集結したアフガニスタンのサポーター。その表情は敵意よりも喜びにあふれていた 【宇都宮徹壱】

 キックオフ2時間半前、会場のアザディ・スタジアムにタクシーで到着する。正門の前には、黒・赤・緑の国旗を持ったアフガニスタン人で溢れかえっていた。おそらくそのほとんどが、祖国を離れて隣国イランで暮らしている人々なのであろう。タクシーに乗っているのが日本人と分かると、彼らはわっと押し寄せてきて車両を取り囲んできた。こちらも一瞬だけ身構えたが、敵意は感じられない。むしろその表情からは、平和な環境でW杯予選を戦える喜びに満ちていた。それにしても、こちらの予想をはるかに上回る人数である。メインスタンドとバックスタンドの1階席はアフガニスタンのサポーターが占拠。この試合は、名目上は「中立地での開催」だが、実質的にはアフガニスタンのホーム状態であった。

 さて日本代表である。この日のスターティングイレブンは以下のとおり。GK西川周作。DFは右から酒井宏樹、森重真人、吉田麻也、長友佑都。中盤は守備的な位置に長谷部誠と山口蛍、右に本田圭佑、左に原口元気、トップ下に香川真司。そしてワントップは岡崎慎司。武藤嘉紀に代えて原口が入った以外は、カンボジア戦と同じメンバーである。前日会見でハリルホジッチ監督は「2つのポジションでまだ決めかねている」と語っていたが、そのうちの1つが右サイドからのクロスの受け手となる選手であった。カンボジア戦では、武藤が65分プレーして2本、代わって出場した宇佐美貴史が残り25分で5本、それぞれシュートを放ったものの両者ともゴールはゼロ。この結果を受けて、原口が現体制となって初めてのスタメン出場を果たすこととなった。

 この日のアフガニスタンは、戦前の日本の予想とは異なり、引き気味で試合に入っていった。ゲームを支配していたのは日本だが、アザディ・スタジアムのピッチはフラットでない上に芝が長いため、持ち前の緻密なパスワークがなかなか機能しない。苦戦の予感が漂う中、これを見事に払拭したのが、前半10分に香川が見せた目の覚めるようなゴールであった。原口の横パスを受け、ワントラップからの素早い反転シュートは、まっすぐゴール左隅に吸い込まれていく。決まった瞬間、スタンドの声援と喧騒(けんそう)は一瞬で静まり返った。おそらくアフガニスタンのサポーターは、先制されたショックよりも、香川の美しいモーションと豪快なシュートに気おされたのだろう。前半35分には左CKのリスタートから、相手GKがはじいたボールを本田がゴールライン際から折り返し、森重がニアで押し込んで追加点。前半は日本の2点リードでハーフタイムを迎えた。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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